リレーエッセーその4

運命の血戦

開原孝治




謎のアマ名人としてこのような機会を頂き、有難うございます。私が正確に将棋を覚えたのは、小学6年生の頃です。それより前は香車や桂馬が上下していたので、将棋とはいえませんでした。

その後はご多分にもれず将棋に熱中して、中学に入ったらクラスで一番の天狗になりましたが、そこへ強烈なライバル出現で、それに対抗するため、中学2年の3学期から本を読んで勉強するようになりました。ヤツの名は金尾博といい、現在アマ強豪としては存在しませんが、紛れもなく私の運命を変えた感謝すべき人物です。

ヤツとはただ一度きり、中学校内将棋大会の決勝戦でぶつかり、運命の血戦を繰り広げることになりましたが、運良く私はその戦いを制して、大いなる自信を得ることができました。以降の人生は、その時の自信に支えられて生きているといっても過言ではありません。今から振り返ると、それほど重大な大一番でした。

この後の将棋修行については、「アマレン」誌上に連載していますので、嫌でなければそちらをご覧いただくとして、ここでは少し人間の運命について私見を述べさせていただきます。

私は唯物論者ではなく、運命を含む目に見えない世界があることを確信しているものです。運命を信じる人、霊魂の存在を信じる人、超能力や宇宙人、UFOなら信じるという人、あるいは空間にもエネルギーがあるという人、異次元、神を信じる人。これらのうち一つや二つは、信じる人もかなりいると思います。

世の中には霊が見えたりする人が結構いますが、うっかり口にすると馬鹿にされると思って黙っていることが多いらしい。ところがそうした人も、物好きな私には快く話してくれる傾向があり、その多さには驚くばかりです。そして、それぞれの人が面白い体験談を持っているようなのです。なかには霊能者と思われる知り合いまで何人かできて、個人的にも数々の実体験をさせてもらっています。

これらを一つ一つ公表していくと、狂っていると思われるので遠慮しますが、そうした不思議なことを追求していけば、不思議が普通になってくるものです。ただ、このようなことを信じる信じないはたいした問題ではありませんが、運命の波乗りが上手か下手かは、人生上において実に大切だと思いますので、なんらかの足しにでもなれば、と気付きの意味でこのようなことを書き並べることにしました。

私はそうした運命にまつわる問題を解析するため、様々な文献や資料を調べたり実体験に臨んだりして、ある程度の結論を導き出すに至っております(もう十数年、こんなような勉強してるな〜)。皆さんも気にとめて、そうした類の書物等を沢山読んでみることをお勧めします。

私にとっての将棋とは、己の天命遂行の一貫であって、自分がどうしてもアマ名人になる必要があるような気がしたから、頑張ってみたらミレニアムの聖節に本当になってしまったというわけです。棋力だけで較べっこしたら、こうもうまい調子にいくとは思えません。しかし目に見えない力が作用して、必然的に押し上げられた、ということなら……。

このような発想は、理詰めの将棋の世界とはかけ離れているようですが、漫画を読めば石ノ森章太郎氏なども相当な研究をしていた跡がうかがわれますし、経済でも船井幸雄氏など大先生みたいじゃありませんか。いやいや、そうみていくと共通の発想をして業績をあげている人は各界に大勢いて、私ごときがそれを論じていること自体、畏れ多いことです。

しかし地球は遠からず次元上昇し、唯物論の対極にこのような思想が徐々に表面化してくるものと思います。個人的にも私はさらなる魂の飛躍を求め、悟りの道を探求します。それがいずれ、宇宙次元で生きるステップになると信じつつ……。

まあ、こんなような考えを指針として暮らしております。驚いた人が多いでしょうな……。そして、なんの因果かわかりませんが福山の将棋道場では、私のアマ名人に続いて吉田君の小学生名人、今泉氏のレーティグ選手権優勝と立て続けです。もっとも彼ら二人は、私と違って実力通りかもしれませんが、いずれにせよ福山では考えられなかったことです。この三者は平素、申しあいの対局をしているわけでなく、自分のトレーニングは、てんでにインターネット将棋でやっているだけです。ちなみに私の練習相手(遊び相手)は道場では、二段くらいのおじさんで、これが面白くてたまらぬ。こんなんじゃ、もう先はありませんな(笑)



(次回は柿本雅之さんにバトンタッチ)