雑感 北村公一 |
まず、原稿が大幅に遅れて皆様にご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。そもそもリレーエッセイということで開原氏より次を書いてくれと依頼されたわけであるが、これまでのメンバーがアマ棋界を代表するような大物や現役アマ名人といった顔ぶればかりであり、私としてはさすがにお断りせざるを得なかった。よって、元アマ名人・アマ王将の宮本浩二氏に再度依頼してみるとのことであった(実は宮本氏が断ったため私のところに回ってきたようだ)のだが蓋を開けてみると宮本氏ではなく柿本氏にバトンタッチされていた。柿本氏より私に電話で次の依頼があり知った次第ではあるが……。何でも、柿本氏が開原氏より依頼された折に「柿本さんが書くならば北村氏も書くらしい」と言われたらしく、本ページをみたら次は私が書くことが予告で出ていた。私は引き受けたつもりは全くなかったのであるが、どこで誤解を招いたのか既定事実となっており書かざるを得ない状況と相成ったわけである。 しかし、まともなネタがない……。いくら探してもない。それもそのはず、なにせここ4年くらい将棋での活躍・実績が全くといっていいほどないからだ。例えば、開原アマ名人のように最近大きい活躍があれば、それをネタに大いに自慢しまくるということもできるのであるが、何もないのにそんなことをしたらギャグにされてしまう。まあ、自慢については「中国自慢二大巨頭」(誰かは想像にお任せいたします)がおられるため私の出る幕はない。よって自身の近況をまじえて思い付くままに書いてみることにする。 平成13年は年明け早々からめずらしく絶好調モードであった。朝日アマの中国予選で4年ぶりくらいで代表になり、次週の支部名人も2年連続の代表を決めた。内容も安定しており手がよく見えて「恐いもの知らず状態」である。さすがに4年も経ってたから溜まっていたものが一気に噴出したのか?と思うほどであった。好不調というものはいくら調整とか努力してもコントロールできるものではないと常々思っているので、これは嬉しい誤算であった。しかもこの状態が3月に入っても続き、このまま朝日の全国大会に突入しそうである。4年分のツキが全国大会時に発揮されれば好結果も期待できる。「今年はツイとるでー!」気持もノリにノっていたのだが……。 なんと、予期せぬ大ドンデン返しが待っていた。大会の5日前の朝、父が単身赴任先の大阪で倒れ危篤状態となったのだ。急遽、会社を休み病院に泊り込むこととなった。しかも私自身、会社の事業所統合に伴う転勤のため引越しまで入っており、途中で山口へ帰り引越し作業をしてまた大阪入りというダメ押しまで……。まさに「泣きっ面に蜂」状態である。父の意識は大会前日になっても戻らず、さすがに将棋の鬼の私もやむなく大会欠場を決意。いかに将棋が大事でも、親の命と天秤にかけるわけにはいかない。また無理に出たところで、将棋を指している間に亡くなり死に目に会えなくなるとか、他の家族に負担がかかり新たに倒れる者が出る可能性までもある。代表の責務を果たせず申し訳ないとは思ったが、主催社に電話して勘弁して頂いた。 結局、私の初戦の相手の長岡俊勝氏が優勝。私は地方版に「中国代表の北村さんは都合により欠場した」と寂しく書かれただけであった(試合前日に飲んだくれて二日酔いで欠場となったのか?と思った人もいたようである)。それと、どうでもいいことかもしれないが、私のR点もシッカリと減らされていた。当日になってすっぽかした訳ではないんで、「そりゃーないべ……」と言いたい(ニガワライ)。 朝日アマを諦めるだけで済むならばまだ傷は浅いのであるが、ここから冴えないというより、辛い、やる気のない日々が続く。父は辛うじて一命をとりとめたが(倒れて3日も経過して発見されたにも関わらずよく助かったものであるが)、意識がなかなか戻らず、看病生活は依然として続いた。私だけはいつまでも会社を休めないので帰山したが、今度は祖父の具合が宜しくないので週末には実家に戻るという生活パターンになった。大阪は母と妹に任せて年寄りの心配を私がするという分担にした訳である。こうなると流石に将棋に身が入らない上、何をしても心から楽しいということはない。一息つくと必ず陰鬱な気分に襲われた。この間、地元で賞品ベースではナンバーワンの大会があった。3年連続優勝と歴代最多優勝の記録がかかっていたのだが、これも欠場。絶好調なだけに戦えないことが余計に腹立たしかった。実は、この時は物理的には出場は可能だったが、ついこの前まで休みをとりまくっていたばかりなので、休日とはいえ大会出場は自粛した方がいいと判断したからである。勝つと中国新聞に割合と大きく出て目立つので、この場合非常にマズイのである。 好調というのはいつまでも続きはしない。久々に訪れていた貴重な絶好調期間も4月上旬頃には遂に終焉を迎えた。そして例年のようにアマ竜王戦の県予選が4月下旬に行われた。今年は準決勝で思わぬ伏兵に足元をすくわれる。仕掛け時の勘違いからいきなり指し切り筋に陥り、どうしようもなくなったのである。全駒は免れたものの逆転にまでは至らず。大恥をかいた上、大いに威厳を下げまくることとなった。こんな状況下でも竜王戦だけは何とかしたかったのだが……。例年だと負けた年は翌日朝まで眠れないのであるが今回は父の事とかで心身共に疲れ果てていた為かバカによく眠れた。そこだけが今までと明らかに違っていた。 竜王戦県予選の翌週は支部名人戦の全国大会。看病生活が続くのと竜王戦の代表になれなかったこともあって、本当はもうどうでもいい気分ではあったが、代表であるからには出て頑張らねばならない。大会前日は前夜祭の後、東京近辺の将棋仲間とバカ騒ぎしてウサ晴らし。やはり気の合う将棋仲間と語り騒ぐことは最高にいい。落ち込んでいた気持ちもやわらぎ、かなり救われた気がする。 大会が始まっても、肝心の将棋の方は欲も出ずサッパリやる気がなかった。こんな経験は初めてである。しかしそのために余計なりきみが取れたためか、かえってベスト8まで生き残れた。ケガの功名とはこのことか。今の私だとやる気満々だとむしろ早く負けていたと考えられるので、やはり勝負の結果というのはわからないものである。準々決勝で石井豊氏に終盤の暴発で大逆転負けをくらったところだけはいつもの自分の実力が出ていた、というのは痛烈な皮肉である。 そして帰り際にまたも失態を演じた。支部名人戦が終わり、仲間と東京駅で飲んだあと明治大の藤井佳久くん(彼は山口県出身で私が鍛えていたという縁がある。しまった、自慢病が再発……)の家に泊めてもらったのであるが、彼の家にたどりつくまでの記憶が全くないのであった。私は酔うと(酔わなくても?)放送禁止用語連発の癖があるので、途中で何か言って威厳を下げておりはしないかと今も不安である。藤井くんの家には清水上徹くん(明治のエース)も一緒に泊ったのであるが、ここでやめとけばいいのに私は年もわきまえず徹夜将棋を始めた。明治大の両エースにボロキレのようにボコボコに負かされ、威厳もへったくれもない。ニガワライあるのみである。翌日の朝帰路についたが、徹夜対局でアルコールがかえってまわり出したせいか、猛烈に頭が痛い。帰りの車中がやけに長く苦しく感じられた。 広島の柿本氏の真似というわけではないが、山口県棋界の現状について。山口県の将棋界のレベルは昔から高くなかった(というよりも明らかに低かった)のであるがここ十数年くらいで徐々にレベルが上がってきた。 まずは、重本由紀夫氏(あの藤井くんの大師匠。中四国学生名人4回で将棋連盟職員であった)が山口へUターン。重本独占時代(大小の大会、合わせて10回以上優勝した年もあり)が続いたらしい。そして約9年と少し前頃に白石雅彦氏(広島修道大OBで元アマ準王将・元学生準王将、現県名人、県棋界では仙人的存在)が卒業して里帰りし、それから1年おきに松本誠氏(元西支部準名人、元宗像王位。埼玉のアマ強豪の松本誠氏とよく間違われるが、風貌からして似ても似つかぬ別人である。県内強豪のボス的存在)が山口に居を構えて永住、私北村が転勤で里帰りと続いて、急激に層が厚くなった。1994年にこの4人が揃ってから地元棋界では「山口4強時代」と呼ばれるようになった。 数年前まではこの4強がガチガチの鉄板で、代表といえば必ずといっていいほど4人の誰かがなっていた。他の者には出番が全くなかったのである。他の3人が全国でイマイチ目立たないため、山口県は私1人が勝っているように誤解されているフシがあるが、残り3人のおかげで私も全国出場の機会を相当に減らされているのである。最も勝てた年ですら代表優勝の独占はとてもとても無理であった。ましてや今は……。 4強の力関係であるが、対外的には全国大会の実績とかが加味されるので、一応私が最強ということになっている。歯切れが悪いのは白石氏に対して私が負け越している(昨年の県名人戦の三番勝負も1勝2敗で敗れた)からである。松本氏にはトータルでは大きく勝ち越しているが、ここ数年は勝ったり負けたりと全く互角である。その松本氏はゴリラダンクを彷彿させるパワフルな将棋で受けも強靭で完封しにくるタイプ。私はやりにくくてしようがない強敵だが、白石氏に極端に相性が悪く苦戦を強いられている。重本氏は鋭い攻めが身上で4強の中ではやや落ちるものの、他の3強にもまれて近年パワーアップ。私も松本氏も急所で何回か煮え湯を飲まされている。白石氏は「童貞神様」(ドラゴンボールの界王神様からもじってつけられた名前で命名者は広島の変人・中谷茂氏)の尊称で畏れ(恐れ?)られている男で、切れ味鋭く谷川プロのような棋風。好調時の彼にかかると私や松本氏も一刀両断にされるほど。彼は松本氏や重本氏には特に強く、私は負ける場面を殆ど見た記憶がないが、気分屋でムラが多く、4強以外の相手にこぼす率が他の3人よりも高い。 山口県棋界では他県には珍しく、「県将棋番付」というものを実施しており、その結果は地元紙の山口新聞に写真入りで掲載される。1年間(新年の1月から年末の12月まで)の棋戦成績を規定の点数づけしてその合計値で順位を決める。1位が東横綱で2位が西横綱、以下3位が東大関……というふうに続く。たとえば、代表絡みの大会では県やブロックでベスト8に入ればポイントがつく。県内止まりの大会はベスト4までがポイントの対象で、配点は約半分。1年間全く上位に入れなければ0ポイントであるが、1ポイントでもつけば番付に載る。4強はたまに番狂わせはあってもコンスタントに上位に食い込んでくるためポイントは非常に高い(白石氏だけは事情により番付対象外だが、正規につけたらやはりトップ4になっている)。よって、例年、大関と関脇のポイント差が大きく開くのである。横綱はだいたい50ポイントあれば当確で、私は今年は代表2回分と3位1回分のポイント合計で既に37ポイントと、今後大会に出なくとも大関は確定だろう。一応初めての番付の時だけ東大関に甘んじた(東西横綱は松本氏と白石氏)が、以後は常に東か西の横綱を維持し、ここ3年は連続で東横綱である。これが全国から遠ざかって腐っていても「県内最強」の根拠なのである。西横綱は2年連続で重本氏が張っており、安定してきた。1ポイント程度の差で松本氏が東大関になっているが、氏と私が、東西の入れ替わりはあっても、常に横綱であった。現在は多忙で大会出場をしぼっている影響が出ている。当然ながら、いかに強かろうと大会に出なければポイントはつかない。大会出場数は各人異なるが、好不調を含めて実力は点数に如実に出るから、かなり公平に実力どおりの序列になっている。大きくブレたことはこれまでないようだ。 もっとも、山口県は将棋大会(月1〜2回ペースである)が多くそれが番付制度を可能にしているとも言える。結構励みにもなり大会でも燃えるので、是非とも皆様の地域でもやってみられることをお薦めする。 当然ながら、地方に住んでいるかなりの方が「インターネット将棋」をされていることと思う。私も例外ではない。しかし、インターネット将棋をしている大半の方が「将棋倶楽部24」であろう。私も一時期はよくログインしていた。無料のためか会員数は6万人を突破したらしい。聞くところによると複数ID保持者がが無茶苦茶多いらしいので実数はわからないが、それでも2万人は軽くいそう。しかし、私のホームはNSN(日将連ネット)である。別に反骨心とかそういうのではなく、最初に始めたのがここであり、ここが大変気に入っているからである。ある将棋仲間の家にN64(任天堂)のゲーム機があり、そのソフトの「森田将棋」から始めて病み付きになったのだ。このN64からの接続はインターネット接続ではないのだが、早速、同じものを衝動買いして(後にパソコンに替えてインターネット接続にした)入会したというわけだ。飢えた狼のごとく、当初は若かりし頃の「将棋マシーン」と化していた。で、指したりチャットしたり、事務局へ質問したりしているうちにNSN社員(渡辺恭位氏や前田亮氏)とも懇意になり、今に至っている。通信料以外に会費(月7800円)が要るが、自分としては将棋道場の月極め会費と同程度だからこんなものかとも思う。これまでは広島遠征などをしていたから、それにかかる経費を考えれば安いものだ。「無料がいい」とは思うが提供側はビジネスで生活もかかっているから、私は「無料」には賛同しない。それと将棋を指す人の多くが将棋にかける金をケチる傾向が非常に強いのも、私は以前からよく思っていない。将棋界の発展を願うならばその世界にお金を落とすことも考えないと駄目だと思う。おっと……話がそれてしまった。 しかし、最近はネット将棋をメッキリ指さなくなった。キッカケは、NSNで上位陣がログインしてこなくなったからである。レーティングは張り合いがないし、何よりも将棋を指しても勉強にならない。ただ、指して楽しいだけ。棋書も読まず、詰将棋もせずにネットで指すからには、そこでの実戦がトレーニングを兼ねていなければ何の意味もない。クラブ24は強豪が多く、質的には充分過ぎると思うが、ここは早指し志向が強く、ジックリと考えて指せない。長い時間で指したがる人は少なく、プロやアマ強豪でも、「早指しで楽しみながら勘を養う」感覚といったところか? 全部がこうとは到底思わないが、私にとってはやはり意味がない。自分のニーズとネット将棋の実態が合わなくなってきているのだ。ネット中毒(地道な努力をしなくなった)の弊害も無視できず、この2年くらいでそのことにも気づいているので徐々に改善しようとしている。で、少しずつネットの比率を減らして毒抜きをし、棋譜並べなどにシフトしていこうと考えていたが、その矢先に父の入院などのアクシデントがあり、その傾向は一気に加速した。あれほどいついかなる時もログインしていたNSNの常連「ヤマの大魔神」(これが私のハンドル名)がほとんど現れなくなったのはそういう理由からである。 私個人としては、プロ棋士・女流棋士や奨励会員(彼らは我々一般会員と違って会費は無料)の方々はクラブ24に行くのもいいが、NSNにも積極的に協力すべきと思う。将棋界にお金を落としているファンをもっと大事にして頂きたいものである。 ともあれ、今は大人しくしているが、そのうちまたガンガンとネット将棋に再びハマる日がどこかできそうな気がしている。 つい先日、父を大阪から山口へ移送することができ、祖父も退院した。空家状態だった家も元に戻り、やっと自分の気分も一区切りついた。しかし、長い介護生活はこれからも続く。これまでと同じ程度には将棋はできないと思われる。GWや盆に開催されるレーティング選手権や平成最強戦は今後は出ないかも……。一番頭の痛い問題は、将棋にマイナスになるのでずっと拒否してきている結婚をマジメに考えないといけないという状況になったことである。プロはダブついた生活が引き締まるので結婚はプラスになるが、アマ強豪は将棋に取り組む時間が削られ――ココが将棋を仕事としているか余暇で打ち込んでいるかの違いで、どんなに必死でやっても超えられない壁と思う――結婚によるプラス面はあっても、この部分がそれを消し飛ばすほどにマイナスになるので、強くなるという点では絶対にマイナスになると私は現時点では考えている。今ですら将棋がパッとしないので憂鬱で仕方ない。しかも、リストラの目も多少あり、結婚が敗着となる可能性まである。そこまで行かなくても、結婚すれば会社に家族を人質にとられているような状態になるから将棋が強くなれるはずはなかろう。だから私にとっては1人なら全然コタエないのである……。リストラも。 それはさておき、アマ名人戦の予選(7月)はなんとかしたいが、これまでどおり「将棋だけ」に打ち込めないのが最大の難点で、それだけを武器にしてきた私にとってはまさに死活問題といえる。普通の人にはコレが当たり前だが、将棋以外全て捨ててやってきた私には、将棋だけに打ち込めることこそ当たり前なのである。 (次回は前田亮さんにバトンタッチ) |