リレーエッセーその23

将棋の本を乱読する

杉原 徹


不躾にも、いきなりみなさんに質問させていただきます。

みなさんは、どんな将棋の本を読んでいますか?どんなジャンルを?

将棋の本、と一口に言ってみても、いろいろなジャンルの本があります。

定跡書、詰将棋、全集、読みもの、エッセイなど。

日々、棋力の向上を目指している方々は、定跡書を熟読し、詰将棋に取り組み、全集を盤に並べたりなさるのでしょうか?そして、日ごろの成果を実戦でぶつけてみる。

そんな勤勉な人はあまりいないかな?

僕が将棋を覚えてからはや20年になります。初めて読んだ将棋の本は、父親から買い与えられた中原誠名人(当時)監修『絵とき将棋入門』でした。以来、いろいろな将棋の本を読んできましたが、8割方定跡書だったと思います。詰将棋はあまり好きではなかったし、全集は棋譜を並べるのが好きではなかったというより、本の値段が高くて手が出なかったというところです。

最近は、棋力の向上をあきらめた? 目指さなくなった?? ということではありませんが、定跡書を読む割合がぐんと減りました。もちろん??? 将棋の勉強方法を変えた、ということでもなく、詰将棋の本を読む(詰将棋をとく)わけでもありませんし、書を捨て町に出て、あるいはネットで将棋を指しまくるというわけでもありません。最近は、将棋の本を乱読するようになり、読みもの、エッセイなども好んで読むようになりました。

みなさんは、読みもの、エッセイなども読みますか? ちなみに仲間内のアマ強豪集団、くるくる(社会人団体リーグのチーム)のメンバーに聞いてみたところ、めったに読まないようです(この連中、そもそも将棋の本を読んで勉強したりなどしない、実戦派が多いような気がするけど)。アマ強豪の方々は、読みもの、エッセイの類いはあまり読まないのですかね?ほんとのところは知りませんが、以下、近年の乱読のなかで、印象に残った将棋の本を、読みもの、エッセイを中心に勝手に紹介させていただきます。

脱アイドル宣言?


まず、一番最近読んだ将棋の本を紹介したいと思います。

女流棋界のアイドル的存在、高橋和さんの自伝、『女流棋士』です。

女流棋士の自伝といえば、石橋幸緒さんの『生きてこそ光り輝く』が近年話題になりましたが、まず驚かされるのは、彼女たち二人とも、僕よりも若いのですが、にもかかわらず自伝が書けてしまうことです。しかし、読んでみてわかるのは、彼女たちが、わずか20年前後の人生を、他人に語るに足るような生として生きてきたということです(そのことは、彼女たちが幼い頃から障害を抱えて生きてきたということとはまったく関係がありません)。自分の人生を書き記すことなど、恥さらしになってしまうに過ぎない私などには、彼女たちは畏敬すべき存在です。

さて、高橋さんの本で印象的なのは、「まえがき」における「母からの手紙」、そして、本の最後に来る「母の日記」です。自分の意志とは関係なく小学6年生で女流育成会に入会、14歳で女流プロになり、幼くしていきなり大人たちの世界に入ることになった彼女に、その後様々な重圧がのしかかります。「カワイイカラソレデイイ」「タイトルナンカトレナイ」など、心無い大人たちは無垢な少女を傷つけます。やがて、彼女は自律神経失調症に。

そこまで追い詰められていた彼女。18歳のそんなある日、彼女の机の上に「母からの手紙」と一冊のノートが。ノートには彼女が4歳のときに遭った大きな交通事故の日から、3ヶ月に及ぶ入院生活の間に記された「母の日記」でした。彼女が事故から14年間たって初めて目にしたその日記には、自分の不注意から幼子を事故に遭わせてしまったことを自責してやまない母の姿、今後事故の後遺症を抱えて生きていくことになるかもしれない娘の将来を案ずる母の姿がありました。

高橋さんは、「母の日記」を読んで母の子に対する限りない「愛」と、母と子の堅い「絆」を知ります。しかし、「愛」と「絆」を知ったのは、高橋さんだけではないでしょう。「母の日記」を読んだ読者もまた知るはずです。「愛」とか「絆」だとがが、ひどく見えにくくなっているのが現代社会における親子関係なのかもしれません。そんな時代に、高橋さんのお母様が、わたしたちが忘れかけていたものを思い出させてくれるのでした。

僕は高橋さんのことを、女流棋界のアイドル的存在、と呼びました。無論、そのことに異議を唱える将棋ファンはいないと思いますが、実はこの本を通して、高橋さんは、脱アイドル宣言をしているような気がしました。「カワイイカラソレデイイ」という大人たちの言葉に苦しめられ、「私がこの世界で必要とされている場所は、将棋盤の上ではない」と悩んだ女流棋士は、「勝負師として生きるより、自分らしく生きたい」ために敢えて自分の内面を語ったそうですが、実はそれは、将棋盤の上で必要とされる女流棋士を目指すことの宣言であり、脱アイドル宣言でもあるのではないでしょうか。今後の高橋さんに期待したいと思います。


素晴らしきストーリーテラー


次に紹介したいのは、大崎善生さんの『将棋の子』です。

この本は大変話題になりましたから、読んだ方も多いのではないかと思います。

大崎さんはデビュー作『聖の青春』で第13回新潮学芸賞を、そして『将棋の子』では第23回講談社ノンフィクション賞を受賞され、文壇でも高い評価を受けていらっしゃいます。テーマはもちろんのことですが、その描写が素晴らしく、瞬く間にストーリーに引きこまれ、一気に読了しました。この2作品は、将棋の本ということでなく、僕のここ数年の読書体験一般でも大変印象に残っています。

僕は『将棋の子』を、是非、将棋あるいは将棋界を知らない人にも読んでほしいと思って、何人かの友人に薦めました。読んでくれた友人たちは口々に面白かった、と言ってくれてうれしくなったりしたのですが、中には小難しいことを言う人もいました。

大学院で哲学を学ぶ哲学徒は、これはアイデンティティーの問題だろうと言いました。将棋を通してアイデンティティーを確立してきた人にとって、奨励会退会を余儀なくされ、いくら将棋で挫折したからといって、将棋をやってきたことをアイデンティティーの根っことして生きていくよりないのではないかと言うのです。

大崎さんはこの本で、「将棋は厳しくなく、その本質は優しいもの」なのであり、「今も将棋が自分に自信を与えてくれている。自分の支えとなっている」元奨励会員たちを「将棋の子」としてポジティブに捉え直します。そのことが、大崎さん自身の再生の過程でもあり、一層感動的です。

にもかかわらず、この哲学徒はなんとひねくれた物の見方をするのでしょう。何でもクリティカルに解釈しようとするのは、哲学者の悪い癖でもあるのですが、大崎さん同様、僕にとっても奨励会員というのは畏敬すべき存在ですから、黙っているわけにはいきません。かつて、その門をくぐろうとして、敢え無く門前払いされた僕としては、自分自身を守るためにも、「将棋の子」を守らねばなりませんでした。

その日は、延々朝まで議論しました。こっちも段々感情的になって、「じゃあ、お前には何か彼ら以上に誇れるものはあるのか!」とぶちまけました。本当は感情的になっては負けなのかもしれませんが、最後までひるみませんでした。それが虚勢だとしてもひるむことは許されなかったのです。

さて、大崎さんの第3作は『パイロットフィッシュ』という恋愛小説です。「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない」というドキリとさせられる一節から始まるこの物語で、第23回吉川英治文学新人賞を受賞されました。この素晴らしきストーリーテラーは、近い将来直木賞を受賞されるのではないかと期待していますが、一将棋ファンとして、受賞作が将棋を題材とした小説であればなあなどと勝手に思ったりもしています。


メタレベルのマニュアル化


最後に、ちょっと読者を意識して、普通の将棋の本を。島朗八段の『読みの技法』です。

この本は、本当は普通の将棋の本ではありません。ここで、普通の将棋の本ではない、というのは、単なる定跡書ではないということです。

10年ばかり前のことですが、『〜ガイド』シリーズが出たときには、驚きました。徹底したマニュアル化がそこにはありました。そして『羽生の頭脳』シリーズが出て、羽生テイストの下でマニュアル化が網羅的になってきたなあ、と思いました。以降、それらが更新される形で、マニュアル化路線が拡大していると言えるでしょう(無論、藤井システムだとか8五飛車だとか、新しい戦法も登場していますが、これらもマニュアル化路線の下で定跡化され、紹介されていると言えるでしょう)。

そんな中にあって、『読みの技法』は異彩を放っています。25の優劣不明の局面が用意され、羽生、佐藤、森内というトッププロ棋士が、それぞれの読み筋を披露します。

実は、マニュアル化が徹底されればされるほど、その外部が目立ってきます。実戦とは面白いもので、常にマニュアルの外部が現われます。実は実戦のほとんどは外部でしょう。その外部でいかに戦うのか。そのときにこそ、「読みの技法」が求められます。

しかし、そう考えてみると「読みの技法」はマニュアルの外部におけるマニュアルと言えるかもしれません。ただし、それは単なるマニュアルではなく、メタレベルにおけるマニュアルというべきものです。将棋の本がそうした原理的な領域にまで突入しようとしていることに驚愕するとともに、このような本を企画、編集された島さんの慧眼には感服させられます。

ちなみに、『読みの技法』で展開された、羽生、佐藤、森内の「読みの技法」は(それは思想としかいいようのないものですが)、それぞれが単著として書き下ろした『戦いの絶対感覚』でより明かにされています。こうした本を続々と世に送り出している「最強将棋塾」シリーズには今後注目です。

以上、将棋の本を、ジャンルを横断しつつ3冊紹介してきました。思い入れたっぷりになるばかり、長々と文章を連ねることになってしまいましたが、ただただ、将棋の本は面白い! 将棋は素晴らしい!! そのことを書きたかった、伝えたかったに過ぎません。

しかし、さすがにここらで筆をおくことにしましょう。僕は、将棋の本の乱読に戻ります。



(次回は坂井仁美さんにバトンタッチ)