リレーエッセーその24

続いていくもの

坂井仁美


「道は一つではない――」
昔、生物の進化の樹形図を前に教授から聞いた言葉ですが、対局前のきれいに駒が並べられた将棋盤をみていると、そのことを自然と思い出します。
道は枝分かれしながら無限に増えていきます。
けれども、始まりはいつもたった一つだけなのかもしれません。
あなたは将棋を始めたときのことを覚えているでしょうか――?

毎年、8月の夏休みになると、地元の小さな公民館では子ども将棋教室が開かれます。
その講師が、私――。
期間は8日間。一日2時間程度、小学校4年生から中学校2年生までの子供達に将棋を教えます。
参加者は20人程度と少し多めなので、教室はとてもにぎやかになります。
なんといっても夏休みです。
ただでさえ浮き浮きしている上、友達同士で集まるのですから、とても落ち着いてなんかいられません。
私の話などどこ吹く風。
誰かれかまわず、ちょっかいをかけてはばたばたと走り回り、大盤用のマグネット駒も、気がつけば子供たちのおもちゃになっています。
黒板に対戦表にまるをつける、ほんのわずかな間もおとなしくしていてはくれません。
「先生! 先生! 先生――!!」
すぐに私を呼ぶ声が聞こえます。
「先生、早くこっち来てっ!」
「はやく、はやく――!」
呼んでいるのだか、叫んでいるのだか……。
チョークを持ったままそちらのほうへ近づいていけば、盤から机から、所狭しと並べられている将棋駒のドミノ。
(対局はどうしたんだろう……)
そう思いながらも満足げに笑みを浮かべる子供達をみると、叱る気にはなれません。
だって、そんな経験ありますよね。

私が小学生の時、雨降りの昼休みには先生が将棋盤と駒を用意してくれました。
積木崩しをしたり、挟み将棋をしたり、将棋の勝ち負けに一喜一憂しながら、皆で過ごす昼休みが楽しくて、私は少し、雨降りが好きでした。
盤の向こうには必ず人がいる――。
将棋の楽しさは、人と出会う楽しさにも似ているのかもしれません。
子どもの時も、そして今も、私にとってそれは変わりないものなのです。
「先生、子供たちはここへ遊びに来るんです。そして、人の輪の中で過ごすことを学んで帰っていくんですよ。子どもの時、例えばこの将棋教室で過ごした、そういう楽しい想い出は、大人になった時に何かの支えやきっかけになるんだと、私は思うんです」
講義が終わったある日、公民館の館長さんがそう、おっしゃいました。
この将棋教室のみならず、小中学校へ講師としておじゃまさせていただく時、自分が何かを伝える立場にある――そう思うたび、それはとても大きな言葉として胸に響いてきます。
講義の時間が短ければなおさらです。
勝ち負けがあれば、辛いこともあるでしょう。
人と接することは、時に、難しいことでもあるでしょう。
けれども、できればその中にある喜びを伝えたい。
今という時間が、一つの道しるべになるように――。


(次回は泉健一さんにバトンタッチ)