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リレーエッセーその30 田村純也 |
将棋はさまざまな出会いを提供してくれるものだと思う。そして、思いがけないことをもたらしてくれるものでもある。このリレーエッセイもそうだ。前回担当の佐藤公一氏との出会いがなければ、このような機会にめぐり合えなかったであろう。 佐藤氏と私の接点に関しては、すでに前回少し触れてくれているはずなので割愛するが、実はまだ直接お会いしたことがない。おそらく、将棋に対しての真摯な姿勢と同様に、真面目で紳士的な人と推測する。いずれ会う機会があると思うが、どんな人なのだろうか。非常に楽しみにしている。 前書きが長くなったが、ここでは私が将棋を通じて出会った「あんな人、こんな人」を思いつくままに書いていくことにする。 その1.飯田巧氏 青森県内で知名度ナンバー1の将棋指しといえばこの人。ニックネーム「大会王」。1年間の日曜、祝日のほとんどを将棋大会に当ててしまう。むつ市在住という(地図で調べてね)地理的悪条件をもろともせず、どこにでも顔を出すスタミナはどこから来るのだろうか。さらに対局の合間を見て自分の指した将棋や大会の全成績表をノートにまとめてしまう。そんなことをしながら優勝してしまうのは飯田さんにしかできない業である。また、発言に関するエピソードも豊富な人で、現在学生棋界よく使われている(らしい)「萎える」の元祖ともいえる人でもある。 その2.阿部浩昭氏 ここでひとつ宣伝を。すでにご存知の方もいると思うが、5月中旬から阿部さんと飯田さんと私とで運営する「青森将棋界のホームページ」が開設となった。内容を説明するときりがないので、まずはどういうものか、ぜひ一度ご覧ください。 その3.竜王会の人々 竜王会は秋田県にある、主に県代表クラスを対象とする研究会である。秋田の将棋指しは、東北の中でも特に個性が強い。支部名人戦や朝日アマ名人戦で優勝経験を持つ野藤鳳優氏は、まさに腕力の強い将棋。形勢は別として、この人の力の出る展開に持っていかれるとまず勝てないとしたもんだ。いいと思っていたはずの将棋が、特にこれといった悪手を指しているわけでもないのにみるみる追いつかれて逆転負け。こういう何かに飲み込まれるような負け方を、東北のほとんどのアマ強豪は食らっている。 現アマ王将として、アマチュア将棋界を引っ張っている彼は、私の棋歴を語る上で絶対に欠かすことのできない人物でもある。俊平とは高専出身で八戸と秋田で離れていたものの、後に1年間同じ学び舎で共に過ごした間柄である。直接指すことは少なかったが、お互い追い越されまいと意識しあっていたのは確かだ。 その5.田村純也氏 そういえば、今まで他人のことばっかり書いて自分のことには何も触れてなかった。ということで、次は自分について。私は現在地元の青森県八戸市で一社会人として働いている。ある程度の収入を得るようになったこともあって趣味も増えた。ドライブ、ビリヤード、デジカメ…。でもやっぱ一番は将棋かな。日曜祝日が休めない上夜勤が多い仕事なので、将棋大会は見には行くものの、なかなか参加できないのがちょっとした悩みだ。その代わり、ネット将棋で実戦不足は補っている。こういうことばかりしているから、彼女も相変わらずできずにいるのだけど、まあいいや。まずは県代表になることが優先目標である。自分で言うのも変だが、かつて全国大会で結構いいところまで勝った時期があった。その全国大会に2年近く出ていない。忘れられないうちに復活しないとね。 ここまでいろんな人を紹介してきたが、最後に次の担当者を紹介しておこう。せっかくこのリレーエッセイが本州最北端の県まで北上してきたのだから、本当に本州最北端に住んでいる人にでもお願いしようと思ったのだが、連絡がつかず断念。で、少し南下させるのはもったいないけど、仙台市在住で東北学院大OBの大坂昌幸さんにお願いした。まさにこのコーナーで語らせるのにぴったりの人で、私は東北でこの人以上に将棋に対して情熱を注いでいる人はいないと思っている。きっと面白くも熱い文章を書いてくれることでしょう。頼むよ、大坂さん。 さあ、私の役目もこれで終了のようだ。皆さん、またどこかでお会いしましょう(といっておいてしょっちゅう会ったりして)。長い間、この雑文に付き合っていただきありがとうございました。では。 (次回は大坂昌幸さんにバトンタッチ) |