リレーエッセーその31

妹へ…

大坂昌幸



 「大坂! 今のお前は闘う男の眼をしていない!!」と田中に言われた夜、私は三浦とメキシコのサポーターと共に飲み明かした。日本のロシア戦勝利の後、青いユニフォームで街へ出た私達は、黄色いエクアドルのユニフォームで帰途に着く途中、夏の夜風に現実に引き戻された。

 「田村君から頼まれたリレーエッセーを書かなきゃ」と思いつつ、部屋に戻る。誰もいない間、部屋にたまったよどんだ空気が私を出迎えてくれる。(まるで森田さんと岩渕君が徹夜で将棋をした後のようだ。隣で大村さんが感想戦をする姿まで見える。)ふっと息を止め、窓を全開にする。何を書こうか……。

 私の戦友である三浦行さん(東北学院大の先輩、私が安心して背中を任せられる男・たまに振り向くといなくなっている)との学生時代の事を書こうかとも思った。お世話になった田中晴夫さん(宮城県将棋界の人気者、異性にも人気がある、自称べッカム)や大村芳男さん(東北を代表する強豪、いつも若手の先頭に立ち親分的存在、自称若手)を中心とした大村組についても書きたい事がたくさんあった。しかし今回はちょっと違う事を書かせてもらう。期待していた人ゴメンナサイ。


 プルル、プルルル……部屋の電話が鳴った。妹の“さゆき”からのTelだった。ちなみに私の名前は「まさゆき」である。

 「兄ちゃん元気!?」 
 「うん元気だよ」
 「ちゃんと御飯食べてる!?」
 「ああ、なんとか」
 「あんまりムチャしちゃダメだよ!」
 「ハイハイ」(さすがに妹、いつもムチャをしている事を知っている)

 と、ここまではいつもの電話。少し間を置いて

 「あのね兄ちゃん…」
 「何…」
 「さゆきの結婚式の日取り決まったんだ…」

 一瞬、動揺。

 「…そう。良かったね。おめでとう」 
 「うん、ありがとう。詳しい事はまた後でTelするね」
 「あぁ、じゃあね」

 ボクは少しの間かたまった後、すぐ近くのコンビニに行ってビールを買ってきて飲んだ。なぜか、そうせずにはいられなかった。

 自分で言うのも何だが、ボクは妹にだけは甘い。その妹が結婚する……。おめでたい事だが、兄としてはちょっとだけ複雑。前々から聞いてはいたし、相手は申し分のない人なのだけれど。

 妹は一歳違いということもあって、小さい時からボクの後をぴったりとくっついてきた。近くの公園や田んぼ、神社や土手、いろいろな所を風の子のように走り回った。カブトムシやセミ、ザリガニやカエルの卵を取りにいく時もいつも一緒だった。二人兄妹だから、よくケンカもして泣かしたし泣かされた。小ちゃな喜びも共有できたし、大きな悲しみも共に笑いとばした。

 二人とも負けず嫌いだから、キャッチボール、バトミントン、卓球なんかをするときはムキになってやった。その中に将棋もあった。二人でよく回り将棋、ハサミ将棋、山くずし、本将棋をやった。多くの人と同じように、自然と本将棋にのめりこむようになる。

 妹もけっこう強かったが、あまりの負けず嫌いとあきっぽい性格のため途中でやめてしまった。今は、たまに3手、5手の詰将棋をしたり、月に1回秋田市の奈良将棋研究会に父と共に通ったりしている。

 ここ何年間は私の応援でよく大会に顔を出す。そのため、東北、特に秋田では有名な存在で私が一人で大会に行ったりすると「今日、妹さんは?」とよく聞かれる。大会でたまに私が優勝したりすると本人以上に喜んでくれるし、残念な結果のときは、反対に私が励ますくらい落ち込む。大会で頂いた賞品をあける時の妹の無邪気に喜ぶ姿を見るとまた頑張らなきゃとファイトがわいてきた。

 「兄ちゃんがどんなに悪いことをしても、さゆきだけは味方だからね!だから、さゆきには何でも言って欲しい」と兄泣かせの恥ずかしいセリフを真顔で言ってくれたりする。

 そんなけなげな妹を将棋で一度だけ悲しませてしまった事がある。二年前の秋田県選抜の直前である。

 「兄ちゃん。お願い! さゆき、悔しいんだ。正月の今年の県棋会の予想(地元紙に毎年掲載)に兄ちゃんの名前がなかったんだ。だから…お願い。今度の選抜だけは勝って…」

 妹のために何もしてやれない、こんな兄の僕を、一番の兄と慕ってくれる妹を悲しませた。しかも、すべては昨年の己自身のふがいない成績のために…。今でも耳に残っているこの一言は、あきらめかけていた夢をよみがえらせてくれた。よし! やってやろうじゃないか! このまま…このまま僕が敗れてしまったら、妹があまりにかわいそうじゃないか…。

 けれど、その時の出場したメンバーが強烈だった。秋田を代表する野藤鳳優六段加賀屋浩美五段堀井邦明四段に加え、若手の鈴木勝裕君武田俊平君田村純也君らとのリーグ戦を勝ち抜かなくてはいけない。そのためにはどうしたらいいか、徹底的に自分の将棋を見つめなおした。「うちの兄ちゃんは秋田で一番将棋が強いんだよ」とせめて一度でいいから言わせてやりたい。その想いが、途中であきらめず努力を続けられた支えとなった。こんなに将棋に打ち込んだのは学生の時以来だった。(学生時代も疲れたときには「東北大を倒したくないのか!」と自分を奮い立たせた)

 そして――。運良く秋田選抜で優勝する事ができた。

 得意気に記者のインタビューに応えている妹を見て私は苦笑してしまった。(優勝したのはオレなのに……)

 いざという時に妹を守れないような男では「兄」の資格はないと思っている。そう今でも、これからも――。

 とにかく、さゆきには、満たされた光の中で幸せをつかんで欲しい。

 『結婚おめでとう!』

 幸福が訪れることを祈っています。


 次回のエッセイは僕の将棋界における妹、佐藤裕美ちゃんにお願いしました。



(次回は佐藤裕美さんにバトンタッチ)