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リレーエッセーその49 伊藤享史 |
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まず始めに石田和雄先生です。 皆さんご存知だと思いますが、現在棋界の第一人者として活躍されています。後進の育成にも熱心で、勝又清和先生を筆頭に弟子の数と一門の仲の良さは棋界でも指折りでしょう。その他普及にも大変力を注がれており、お住まいの柏に将棋センターを開き指導にあたっています。 自分が将棋を始めていままで続けてきたのは、ほとんど石田先生のおかげといっても良いくらいです。始め柏将棋センターに5級で入った自分を六枚落ちから丁寧に教えて頂きました。その後も何かにつけて「伊藤君、伊藤君」と目を掛けて頂き、非常に励みになりました。 石田先生と言えば今でも忘れられない思い出があります。高校竜王戦の東京都予選の決勝で高木啓君と戦った時の事です。会場の東急日本橋店にお仕事の関係で見えていた先生は、自分の将棋を観戦しずっと応援してくれていたのです。終わった後も優勝を我が事のように喜んで下さり、そのご褒美として連れていってもらったレストランでは、「あそこでは危ないと思ったんですよ」などと一喜一憂した様を伝えられました。 その日1日頬が緩みっぱなしだったのは言うまでもありません。 2人目は美馬和夫さんです。 初代レーティングチャンピオンで、その他全国大会上位も多数のアマ強豪の方です。『美馬熊』という言葉に代表されるようにアマ棋界屈指の穴熊党で、名著?『秘伝・穴熊王』の著者でもあります。 美馬さんと始めて会ったのは中学生の時だったと思います。柏将棋センターで石田先生に紹介されて将棋を教えてもらいました。その初手合いでは何故か右四間。普通に攻め潰されて超の付く圧敗。まあ冷静に当時は二枚落ちくらいの手合いだったと思います。その後も会うたびに教えてもらい非常に勉強になりました。 ある日、いつもの様に(笑)、右四間を受けていたときの事です。気づいたら相手の攻めが切れていて、俗に言う全駒ペースのような感じになった時があります。「これは初めて勝てるかも知れない」と喜んだのも束の間、そこから美馬さんの雰囲気が変わりました。雰囲気に飲み込まれている所に勝負手を連発され、まさかまさかの大逆転負け。さすがにその時は泣きそうになりました。美馬さんからは勝負への執念を教わったような気がします。 初めて穴熊を指してもらったのは高校に入ってからだったと思います。美馬さんが玉方の香を上がった時は、自分が認めてもらえたような気がして妙に嬉しかったのを覚えています。 3人目は細川大市郎さんです。 現在早稲田大学○年生として学生強豪・アマ強豪として活躍されています。詳しい事はPerfect Blackを見ていただければわかるかと思います(笑)。 細川さんとは将棋を指すと言うより、麻雀を打ったりカラオケに行ったりと一緒に遊ぶという印象の方が強いですね。大学2年の時は家にいる時間より高田馬場にいる時間の方が長かったくらいですから、今考えるとかなり終わった生活をしていた思います。もしこの人と出会っていなかったら今ごろ学業の心配などしないで済み、将棋も今より香車一本は確実に強くなっていた事でしょう(笑)。ただこの1年間はとても楽しく密度の濃い物でした。 ちょうど1年前の今頃、明治大学は選抜トーナメントで早稲田を接戦の末破り王座戦への最後の切符を手にしました。当時自分は将棋の調子がひどく、選抜でもチームに迷惑を掛けていました。その借りを返すべく必勝の意気込みで臨んだ王座戦の数日前、明大将研ホームページの掲示板にこんな書き込みがありました。 「王座戦は早稲田の分まで頑張って下さい。個人的にはいとたかの活躍に期待します」 まさか細川さんがこんな書きこみをしてくれるとは思わなかったので驚きましたが、その分胸に熱い物が込み上げてきました。そして王座戦でも結果を残す事ができ、チームの優勝に貢献する事が出来ました。 こうして3人の方を紹介して来ましたが、あらためて考えてみると自分がいかに周りの人に恵まれているかを感じます(今回紹介出来なかった人はごめんなさい)。 老若男女を問わず交流が出来る。この事は将棋の大きな魅力だと思います。これからも将棋を通じて、色々な魅力的な人と出会うことを楽しみにしていきたいと思います。 名は体を表わす? 次は花のように暢気なかわいい後輩、原田花暢さんに繋ぎたいと思います。 (次回は原田花暢さんにバトンタッチ) |