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このエッセイを書くに当たって、私は無名の一大学生なので、まずは自分の紹介からと思いましたが、とてもつまらないものになったので、まことに勝手ながら省かせていただきます。
さて、リーグ戦が終わって、めでたく明治優勝。みんな一緒に四日市に行けることが決まった次の日。私は、二日酔いの頭で考えた。「私、何でこんなに気分がいいんだろう……」。
思い出す、昨日の出来事。大宴会の二次会で、「強くなれないよ…。だって(定跡や手筋を)覚えられないんだもん…」っと、泣き酒に入った。どうやら、泣き泣きそんなことを言う自分の方が本当らしい。
実は、先々週にエッセイは書いてみたのです。そこから、一部抜粋…。
そうは分かっていても、私がそれらに対して必要最低限の時間だけを割き、無理やり将棋を続けている理由、それは、将棋に恋しているからです。
「恋は盲目」と言わんばかりに何もかもを放り出して、台無しにしてまで将棋を指すこともあれば、倦怠期もあり、そうこうしているうちにまた、「もう、あなたのことしか見えないの」というくらい将棋のことで頭が一杯になったり・・・。
将棋には、散々心をかき乱されていますが、それでも私は将棋が好きです。諦められません。だから、続けます。
ただ、好きだからこそ、人生においての失敗の原因にしたくはありません。
私にとって将棋はゲームです。勝とうと負けようと、見ていて気持ちのよい、いい棋譜を残したいと思います。
先々週の私はこのように、思い込ませようとしていたのかもしれない。でも、今日の朝、昨日のことを思い出して気付いた。将棋って、私から離れたところにあるんじゃなくて、私の中に存在するんだって。将棋は私のアイデンティティー。うまく表現できないけれど、例えば、「将棋」とか「勉強」とか、そういった対象に向かって私が移動していくのではなくて、対象を取り込む、という感じ。
今まで私は定跡や手筋を追いかけていた。それで、それなりに形になるようにはなったけれど、やっぱり足りない。自分が指してるのに、なにか他のものに頼って指している。指していて自信がない。自分じゃない。大学に入ってたくさん知識を詰め込んだけれど、消化不良。なのに、知識に寄りかかっている。
それって、ちょっと駄目じゃない?と思う。「定跡は覚えて忘れるもの」。その言葉の意味もやっと本当にわかった。
そうか、じゃあ、まずは吸収しよう。昨日リーグ戦が終わって、やっと落ち着いていろんなことに気がつけた。気付くの遅かったけれど、みんな応援してくれた。本当にうれしかった。その応援を素直に受け止められた。私、がんばれる。
クリスマスまであと少ししかないけれど、きっと長く遠い道のりになるでしょう。私はチームに直接関係ないけれど、一人一人のそういった雰囲気って実は大事なはず。個人戦もあるし。うん、自分の中で静かに盛り上がってきた。だからなんだかすがすがしい。よし、四日市ではまた美味しいお酒を飲みましょう!っと、陰ながら気合を入れ直した、優勝の次の日。
ちなみに私ただ今、明大将研オンラインの管理人を務めさせていただいております。よろしければごらんください。
しがない独り言をお聞きいただきありがとうございました。
次は、前管理人、HPの創始者、やさしくってかっこよい、とっても頼りになる藤井先輩にバトンタッチ☆彡
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