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須藤大輔君から引き継ぎました。詰将棋作家(プロブレミスト)の山田康平です。このサイトやエッセイのコーナーは、私も日ごろからよく見ていますので、自分が書くことができるなんて感慨無量です。さて、私も『コーヘイ天国の乱!』という詰将棋やチェスプロブレムなどの盤面パズルを楽しむホームページの管理人をしております。 そこには『コーヘイの読みぬけ日記』と称して、その日あったことや読んだ本などを紹介するページを置いているのですが、そこに先日『将棋世界』2003年1月号に掲載されている田辺忠幸氏による記事に対する異論を書いてアップしました。 それを読んだ友人の楠原崇司(=タカシ)が、「あいかわらずコーヘイは文句ばかり書いている」などと言います。
タカシ:呼び方がいくつもあるとややこしいから、統一しておいたほうが便利じゃないか。ミレニアムだって、トーチカとかカマボコとか三浦囲いとかいろいろ呼ばれて紛らわしかったけれど、一応ミレニアムが主流になって、話が通じやすくなっただろ。 コーヘイ:そうはいっても、会長名義で禁止令を出せ、などと書いているじゃないか。表現の自由は守られるべきだ! それが基本的人権だ! 憲法違反じゃないか! タカシ:そんな浮世の話題は詰将棋作家には向かないぜ。誰も思いつかないけれど誰のためにもならない、ひとりよがりな妄想にフケるのが、詰将棋作家の心意気ってもんだろう。
持ち上げられているのかケナされているのか、どちらかというとケナされているようですが、作品集に「ブルー・フィルム」(ポルノ映画のこと)、作品紹介のページを「ムーン・シャイン」(密造酒のこと)などと自嘲的に名付ける彼にとっては、案外ケナシでもないのかもしれません。
タカシ:田辺氏の記事にも触れられているけれど、コーヘイは、どうして将棋には、「王」と「玉」があるのだと思う? コーヘイ:氏の記事には、本来「玉将」だけだったそうだけど、いつのころからか「王将」があらわれた、と書かれているね。 タカシ:パイナップルの掲示板では400年来の謎とか書いてあるねえ。ところでコーヘイは、ホームページの日記では「王手」という言葉はあるが、「玉手」という言葉はない、なんて反論しているけど、「玉手」が使われていない理由は、別にあるんだよ。 コーヘイ:へえ、どんな理由なんだい? タカシ:「玉手」(タマデ)には「高貴な方の手」という意味がある。たとえば第3代の安寧天皇は、シキツヒコタマデミノミコトなんて名前を持っている。また、奈良県御所市といういかにもヤンゴトナキところには、「玉手丘」というのがあって、そこには孝安天皇の御陵がある。だから、「玉手」なんて言葉は、あだやおろそかには使えなかったのさ。 コーヘイ:ふーむ。
この楠原という友人は、私と同い年の詰将棋作家なのですが、推理小説ばかり毎日のように読んでいて、読むだけではなく書いたりもします。今年(平成14年)は『看寿殺人事件』なる掌編ミステリーを自費出版したあげく、まったくサバききれず、私が詰将棋の全国大会の場で処分する始末、ということもありました。日頃から妙なウンチクをひけらかすわりには、シリヌグイはいつもこの私がやるのです。・・・ちょっと品のない表現になってしまって申し訳ございません。なお、このミステリにご興味おありの方は、http://homepage2.nifty.com/koheran/sakuhin.htmlをご覧ください。
タカシ:それにしても、「王」と「玉」が使われているというのは、確かに不思議ではあるだろう。しかし、将棋ってゲームの不思議なことはそれだけじゃないぜ。 コーヘイ:まだあるのか。 タカシ:「歩」って駒を想像してみろよ。駒にはなんて字が書いてある? コーヘイ:「歩」は「歩兵」だろう。 タカシ:「フヒョウ」だよなあ。しかし、なんであれは「ホヘイ」と読まないんだ? コーヘイ:はア? タカシ:普通あの字は「フヒョウ」ではなく「ホヘイ」と読むだろう。「フヒョウ」なんて読むのは将棋やってる奴だけだ。 コーヘイ:そういえばそうだな。 タカシ:それに「香」だって普通は「コウ」だぜ。あの字を「キョウ」と読むのはなんでだ? コーヘイ:「キョウ」は「香車」の省略だからだろ。 タカシ:「香車」というのは、りっぱな車のことだ。しかし、りっぱな車という意味の場合、「キョウシャ」ではなく「コウシャ」と呼ぶのが普通だ。「キョウシャ」なんて読むのは将棋ぐらいなもんだぜ。 コーヘイ:そうなのか。 タカシ:なぜ「香車」を「コウシャ」じゃなくて、「キョウシャ」って読むんだよ? そうなると、ますますヘンだろうが。 コーヘイ:うーむ・・・ タカシ:それに、「桂馬」って、なんだ? 「桂」はわかる。木の一種だな。「馬」もわかる。どーぶつだよなあ。しかし「桂馬」ときたら何だ? 木製の馬? トロイの馬か? あともう一つ、「角」ってなんだ? 他のものなら何に擬しているのかだいたい分かるけれど、「角行」だけはイメージの湧きにくい、異質な名前だとは思わないか? コーヘイ:ちょ、ちょっと待って。まだ続くのか?! タカシ:もうちょっとだ。・・・コーヘイはいつごろ将棋を覚えた? コーヘイ:小学生くらいかな。たしか3年生だったっけ。 タカシ:そのころを思い出してみろよ。一番覚えにくかった駒は何だった? コーヘイ:そうだなあ・・・。やっぱり金と銀かな。名前も似ているし、うっかり銀を横に動いたりなんて、よくやったもんだ。 タカシ:上級者でも、「金」と「銀」を打ち間違えることは、よくあるよな。なんで将棋には、「金」と「銀」なんて似た動きの駒があるんだ? チェスや中国将棋の駒はみな個性的な動きをするというのに? それに、「歩」「香」「桂」「銀」は成れるのに、どうして「金」は成れないのだ? そして成ると揃いも揃って「金」の動きになるのはなんでだ? コーヘイ:それは・・・うーん・・・ タカシ:「将棋」って名前を、昔は「象戯」と書いたのはなぜか? コーヘイ:それは、中国将棋をシャンチー(象棋)と書くのを受けてるからだろ。 タカシ:それなら、なんで「象」という駒がないんだ? シャンチーにはあるのに? それに、なんで「ギ」に「戯」なんていう字を充てている? コーヘイ:おいおいおい、タカシはそれを全部説明できるっていうのか? タカシ:まあね。 コーヘイ:タカシがそんな将棋史に詳しいとは思わなかったな。 タカシ:俺は将棋史とか遊戯史は知らないよ。チェス・中国将棋のルールや呼び方を元に、自分が日本式の将棋を編み出すとすれば、どのような動きや名称にするだろうかと考えてみる。そうすれば、すべてに筋の通った説明ができるんだ。こんな考え方は、これまでの研究者とか歴史家は、考えもしなかっただろうけどね。まあ、いうなれば『将棋の起原』、オン・ジ・オリジン・オブ・ショーギ。これからは俺のことをダーウィン・タカシと読んでくれたまえ。 コーヘイ:『将棋の起原』? 『起源』じゃないの? タカシ:コーヘイは本をよく読むクセに、古典的名著はあんがい読んでないんだな。チャールズ・ダーウィンの『On the Origin of
Species』は、もともと『種の起原』と訳されていたんだ。どうでもいいことだけど。
さて、ここで話題に出てきた『将棋の起原』をとりまくミステリーをまとめておきます。
(1)
なぜ「玉」と「王」が使われているのか? (2) なぜ「歩兵」を「フヒョウ」と読むのか? (3)
なぜ「香車」を「キョウシャ」と読むのか? (4) 「桂馬」とは何か? (5) 「角行」とは何か? (6)
なぜ「角行」だけはイメージが湧きにくい名が付けられているのか? (7) なぜ「金」と「銀」のような類似した駒があるのか? (8)
なぜ「歩」「香」「桂」「銀」はなぜ成ると「金」の動きになるのか? (9) なぜ「金」は成れないのか? (10)
なぜ昔は将棋のことを「象戯」と書いたのか?
ということで次回『解決編』ではこれらの謎を、ダーウィン・タカシ(楠原崇司)が説明してくれることでしょう。
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