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リレーエッセーその70 将棋の真理 谷本誠一 |
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平成15年2月7日 アマ連中国ブロック事務局の松田竹二郎さんからバトンをタッチ。奨励会の想い出にしようか、それとも持論を展開しようか悩みました。奨励会といっても華々しい内容には当然?ならないため、キーボードが重いのと、奨励会崩れの青春と言っても冴えないので、またの機会に譲ります。 将棋と囲碁の比較論のようなことになりそうなので、まずはお許しを願いたく思います。と言うのも、この問題は単純に比較できない要素を多々含んでいるため、どちらかと言えばこれまでタブー視されてきたからです。囲碁の初心者たる私が比較論を述べるのは気が引けることもありますが、丁度この機会に持論を展開させて頂くことをお許し下さい。 指し手の変化 さて10数年前、「将棋世界」誌に田中寅彦九段のエッセイが載り、「室内卓上競技の中で最も変化に富んでいるのが将棋で、その次が囲碁、更にかなり離れてチェスが続く……」という内容でした。ところがその数年後、やはり同誌に名前は覚えていませんが、数学博士による、場合の数から考察した学術論文が連載されました。その内容は簡単に言うと、囲碁の方が次の一手の可能性、いわゆる場合の数が将棋より多いし、1局の平均手数も長いので、変化は大きいというものでした。例えば将棋は初手の可能性が僅か30手なのに比し、囲碁は361手もある。将棋の1局の平均手数は110手〜120手ということだが、囲碁は300手を越えることはざらである。場合の数を掛け合わせて行くと、数字は忘れたが、囲碁の方がかなり大きいというのでした。 私は密かにこの論文に反論したいのです。数学的知識が希薄なため、学術的に証明せよと言われたら困りますが、これだけは言えます。囲碁は最大の場合の数が最初の「361」であると同時に、一手打つ毎にそれが縮小して行き、収束段階になると、打つスペースがだんだん狭まって来るため、場合の数が最終的には「0」になるということです。これは変化が閉じているということに思えます。それに比し将棋は、収束段階になっても場合の数が「0」に近づくということがありません。中終盤の最も場合の数が多い時では、約500手も可能性があると言われます。チェスの場合は、取った駒を再使用できないため、駒数がどんどん減って行き、変化がすぼんで来ます。これも閉じていることを意味します。世界各国に親しまれている将棋で日本将棋のみが、取った駒再使用のルールにより、変化が開いているのです。これは変化無限を意味しているのではないでしょうか? 囲碁はコウがあるから無限だと言われるむきもありましょうが、これには次の如く反論したいのです。コウと言ってもコウ材がなければ続かないのであって、コウ材そのものが盤面が限定されているため限られています。よってコウの変化も閉じているということなのです。 では将棋の手数は僅か100手そこそこではないかと、言われましょうが、たまたま人間が指す将棋は優劣が傾くため100手そこそこで勝負がつくわけであって、それは無限の変化のほんの氷山の一角にしか過ぎないのです。相入玉の局面を想定して下さい。どちらも敵陣にと金を沢山造ったとします。ルール上は24点法で、駒数を数え引き分け持将棋となりますが、双方が納得いかず相手玉を攻略しようとしてと金を互いに自陣に引っ張って来て、より価値の高い駒と交換を図ろうとします。それを延々とやっていたら1000手どころでは勝負はつかず、勝負がつくまで指し進めた場合、万単位の手数がかかることも予想されます。億単位、いやそれ以上指し進めても勝負はつかないことも理論上はあり得ます。囲碁ではこんなことはあり得ません。どんな長手数局でも例えコウをかなり含めたとしても1000手には到達しないのではないでしょうか? もしそれを超えることがあったとしても、五十歩百歩だと思われます。ちなみにプロ棋戦での最長手数は、50年以上前の大手合で記録された411手だということです。しかも将棋では一方が王手の連続との条件をつけた詰将棋においてでさえも1000手を越える作品が出現しているのです。つまり、江戸時代の天才棋士・伊藤看寿の作品で611手詰が近年まで最長手数を誇っていましたが、現在では「ミクロコスモス」が1525手詰で、詰将棋における最長手数記録となっています。某数学者の論文は、あくまで1局の平均手数を基に場合の数を算出しており、ここが根本的に誤っていると考えています。 先手の有利性? 次に、その論文の中で述べられていたのは、世界の室内卓上競技は全てにおいて、先手か後手かいずれかが有利であるということでした。囲碁や五目並べ、チェス等は、先手が有利なのは明らかです。囲碁は先手の有利さを解消し先後互角にするためコミの制度が設けられています。50年程前、即ち1954年までは4目半のハンディを後手に与えていましたが、これでは先手有利のままであることが、統計的に判明したためその後、5目半に、それでもまだ先手有利なのではないかと言われています。今年から6目半コミ出しとなるように伺っています。五目並べは先手に三・三を禁手にし、後手には許しています。チェスは後手は引き分けに持って行ければ大成功。先手は勝って当たり前が相場になっています。もちろん先手の勝率がなかり高くなっているはずで、引き分け局も相当多いと聞いています。ではどの室内卓上競技も先手必勝なのでしょうか?というと、オセロはその逆で後手が有利だそうです。 将棋はというと、やはり先手を持ちたいと言う人が圧倒的に多く、先手の勝率も5割1分と僅かに統計的にはリードしています。一時期は5割2分以上あった時代があり、先手必勝法が模索されたこともあったようです。先手の方が戦法の自主選択権が多いというのがその理由でしょう。升田・大山の振り飛車が全盛時は、故山田道美九段を筆頭に急戦での振り飛車退治がかなり研究されましたが、先手振り飛車が横行するようになると、先後一手の違いから定跡が役に立たなくなることもあり、先手の有利さが浮き彫りになりました。また20年近く前戦法が急激に進化し、先手の勝率が5割2分を超えようとした時期がありました。その時の花形戦法は塚田スペシャルです。先手しか用いることのできない塚田スペシャルが猛威を振るい、針の糸を通す様なすれすれの攻めで後手を攻略して行ったのです。もう一つは居飛車穴熊の猛威でした。振り飛車が無策に駒組を進めた結果、金銀4枚でがちがちに玉を囲い、引角にした居飛車側が振り飛車の飛車まで釘付けにし、作戦勝ちを収め、例え不利になったとしても王手のかからない玉形を最大限に活かし、終盤での逆転劇につなげています。この戦法は先後に関係なく採用できますが、当時後手振り飛車が圧倒的に多かったため、先手の勝率向上に貢献したのでした。また振り飛車が流行した理由のひとつに、故木村義雄14世名人による飛金差し違えの定跡で、それまでの「横歩3年の煩い」の定説がひっくり返され、横歩取り先手有利の定説が確立したことが挙げられます。これがそのまま先手の有利性を匂わせる大きな要因となりました。さらに相懸かりの出だしから先手による、特に丸田定跡が確立されて以降の捻り飛車の優秀性が認められ、先手必勝法があるなら、この戦法ではないかと言われた時代もありました。 これらの状況から鑑みて、将棋も先手有利ではないかと考えておられる愛棋家諸氏はかなり多いと思われます。常識的に考えても、先手後手がまね将棋で同じ手を続けたとしたら、先に後手玉に王手をかける先手が勝ってしまいます。従って必然的に後手はどこかでまね将棋を避けねばならないハンディを負っているとも言え、先手有利説に拍車をかけています。先に王手をかけれる先手が本当に有利なのでしょうか?昔、故升田幸三実力制第4代名人が将棋はどちらが有利なのかという設問に対して、次の様な返答をしておられるのを何かの本か雑誌で読んだことがあります。 「もし双方が香を9枚ずつ並べただけの将棋を想像してご覧なさい。先手は先ず▲1一香成と敵香を取ります。すると当然後手は△2九香成と香を取り返します。先手▲3一香成、後手△4九香成、以下双方が最善手であるところの敵香取りを進めて行った場合、最後▲9一香成となり、先手の持駒は香5枚、対して後手は香4枚しかないので、このまま闘いを続けて行けば先手が勝つことになります。故にこの形の将棋は先手必勝です。次に双方が香ではなく、歩を9枚ずつ自陣の3段目に並べた局面を想定して下さい。先手▲1六歩に対し後手はお付き合いの△1四歩。次に先手は▲2六歩、後手お付き合いの△2四歩、以下同様の手順を進めて行けば中段に一マス空けた歩による横一線の対峙局面が出現します。将棋のルール上、パスが許されないため、次に先手は仕方なく▲1五歩。後手は喜んで△1五同歩。先手は▲2五歩、後手は喜んで△2五同歩。以下同様の応接が必然で、最終的に先手の歩は全て後手に取られてしまう結果となります。これは明らかに後手必勝。将棋とはこのような関係が複雑に絡みあったゲームで、先手有利と結論が出るほど簡単なしろものではないのです。」 以上のような内容だったと記憶しています。私はこれを読んで、我が意を得たりの心境になったものでした。 考えてみると、相総矢倉の定跡の様に、組み上がった形が先に攻めた方が不利になるという局面もあり、その場合は千日手が相場と考えられています。将棋は先に攻めた方が必ず犠牲を伴うため、反撃を喰らい不利に陥るということがあるのです。逆に飛先不換角換わり相腰掛銀の同形局面では、木村定跡により先手有利が定説です。私はもし将棋が先手有利だとしたらその興味は半減してしまいますし、将棋の神様はその様に設定していないと思いたいのです。即ち双方が最善手を指し続ければ、とどのつまりは千日手か持将棋になるのではないか……と、密かに考えています。つまり世界の室内卓上競技の中で、唯一将棋には先後の有利不利は存在しないのではないかと……。 では何故先手の勝率が5割を若干超えるかとなると、私は次の様に考えています。定跡が進歩していますが、まずは先手の攻めのパターンが進歩し、その攻撃法に対し、後手が受け方が解らず試行錯誤を繰り返します。その間後手の勝率が下がることになるわけです。あの猛威を振るった塚田スペシャルも当初は後手方の受け方が解らず、先手にやられることが多かったのです。塚田泰明九段による当時記録となった22連勝はそのためだったと思われます。その後塚田スペシャル退治の決定版・谷川浩司王位による後手△8二飛自陣飛車が出現し、それ以降単純な塚田スペシャルは陰を潜めています。田中寅彦式居飛穴が猛威を振るい、高勝率を誇ったのは、振り飛車が漫然と駒組を進めたため▲7七銀型引角穴熊に組まれ、振り飛車を持つ後手が作戦負けに陥っていたのでした。と言うのも、故大山康晴15世名人による受けの振り飛車が先手の急戦を完璧に封じ込め、先手の急戦攻撃形▲4六歩・▲3七桂型に対しては△3二金として、以下持久戦に持ち込み駒の繰り替えは振り飛車に軍配が上がり、居飛車のみが苦労を強いられていました。その決定版が大山康晴−加藤一二三戦でしょう。とにかく居飛車の急戦さえ封じる対策を随所に講じているのが大山将棋でした。即ち待つ将棋でした。その体質が抜け切れず、田中式居飛穴が台頭した初期段階では振り飛車がただ待ち続けていたため、居飛穴に理想形を許していたのです。その結果振り飛車党激減という事態に陥りました。その後藤井猛九段による発想の転換を伴う藤井システム開発で、振り飛車が息を吹き返すまでかなりの時間を要しました。その間先手居飛穴の勝率がかなり高かった訳です。同様に丸田式捻り飛車に対してもタコ金戦法から棒金戦法や4筋位取り等、対策が高度になり、先手捻り飛車の勝率が下がって来ました。その後△8五歩を早めに打ってしまう角田流が復活し、加藤一二三九段や、勝浦修九段、森雞二九段等が連採。それに対して玉を固める△3三角・腰掛銀・△6三金型出現を経て均衡を保つに至っています。矢倉においても同様のことが言えます。一時は先手の森下システムが猛威を振るい、後手のどの様な指し口に対しても自在に対応でき、いずれも作戦勝ちを目指せるというものでした。それに対して後手雀刺しが復活。5二金型のまま端攻めを敢行する指法が現れて急速に先手の勝率が落ちてしまうばかりか、当の森下卓八段本人自らいち早く封印してしまわれました。 そして極めつけは、中座真五段創始による横歩取らせ中座飛車が出現し、後手の猛威が現在も続いています。以前は梶流△3三角を駆使し横歩取り空中戦法として一世を風靡した内藤國雄九段でさえ、横歩取りの将棋は後手が若干無理をしていると感じ、同戦法を封印していたのです。私は以前より横歩取り将棋が後手不利であるなら、極論すれば先手▲7六歩、後手△3四歩、以下▲2六歩、△8四歩の出だしそのものが出現しないことになるわけで、将棋がその出だし分変化が狭くなるので、極めて将棋信者として面白くない現象であると痛切に感じておりました。逆に言えば中学生当時からの持論である、同出だしの将棋も一局であるとの信念は持ち続けて今日に至っています。今後この出だしから先手の2筋交換に対して、後手も同様に飛先を換えるのではなく、平凡に△2三歩と打ち横歩を取って見よという将棋も復活すると期待しております。何故なら直感的に、その手が悪手とは思えないからです。対して→▲3四飛△8八角成▲同銀△2五角に▲3二飛成ではなく、▲3六飛が一時はやったのもそれに関連する興味深い現象だと考えています。故山田道美九段などは、▲3二飛切りは実践的には先手の勝率が高いが、机上の研究では後手決して悪くないということでした。参考までに、現在の後手△8五飛型・中座流を中心とした指法に対しても、山ア隆之五段が指し始めた角交換から▲8八銀として、8筋に歩を打たない指し方、或いは青野照市九段が打ち出した、横歩を取った3四飛をそのままの位置で▲3六歩から▲3七桂とする新構想等、いずれも中座飛車を許さない新機軸が次々と出現しています。今後も先手・後手による、新手開発合戦が展開されであろうし、興味の尽きないところです。以前升田幸三実力制第4代名人が予言されたことがあります。「将棋には変化の大鉱脈が眠っている。いずれその鉱脈にぶち当たる時代が来るであろう」と……。 先手有利説を支持する方の中には、先手振り飛車を指された場合、後手による急戦のやり難さが挙げられると思います。しかし受け身の振り飛車である先手が1手余計に指さなくてはならないばかりに、不利に陥ってしまう変化も多々内在しているのが将棋の深く、興味の尽きないところです。この考えは、将棋界きっての理論家・青野照市九段の著書に随所に述べられています。「先手三間飛車破り」や「鷺宮定跡」等の名著をお読みになれば、よくわかるはずです。具体的には先手であるばかりに、先手振り飛車側が▲4六歩と突かざるを得なくなり、その結果、急戦で攻められた場合の絶好の反撃手段▲4六角の可能性が消えてしまうことが挙げられます。また美濃囲いの構築段階で、▲4六歩の後▲3六歩か▲4七金かを指さざるを得ないハンディも先手振り飛車は背負っており、前者を選択したなら、後の後手から△4六角(成)が王手になり、後者の選択なら、後に後手から金取りに△3五桂を喰らってしまうということになりかねません。もちろん後手たる居飛車には千日手覚悟という気安さがあり、反面先手振り飛車は序盤での千日手を避けなければ恥であるとの考え方もあります。従って局面打開に先手振り飛車が苦悩する場面も出て来るはずです。 また後手には先手の指し口を見てから手を選択できるという、目に見えない得な面もあるのです。よく「先手の得を活かした戦法」とか言われますが、「後手の得」というのも同様に存在するのです。このことは案外気付かれていないようです。例えば先手振り飛車の場合、▲7六歩△3四歩▲6六歩となりますが、ここで後手に△6二銀から飛先不突き居飛車を目指すのが容易となります。先手がそれを咎めるべく素早く石田流に組んでも、棒金による石田崩しや、鈴木英春アマ六段(元奨励会三段)が編み出した右四間飛車による石田対策もあり、いずれも十分後手の居飛車側が戦えるはずです。もし後手振り飛車に対して先手が飛先不突き居飛車を敢行しようとすると、以下の手順が予想されます。初手より▲7六歩△3四歩▲4八銀。これが後手の振り飛車を決め打ちした手ですが、振り飛車党の後手は、その手を咎めるべく△8四歩と変化してくることが予想されます。そこで後手の飛先交換を防ぐには▲6六歩と止めざるを得ません。もちろん角道を止めず中央指向に▲5六歩と突き、飛先交換を許す指し方も立派な手で、一局の将棋ですが、先手としては予想通りに事が運ばず、若干不満も残るかも知れません。先手振り飛車に対し堂々と△6二銀と飛先不突き居飛車にできるのが、相手の手を見てから自己の手を選択できるという「後手の得」の一例です。この指し方は後手の得を活かす戦法として、今後必ず流行するものと確信しております。 以上長々と述べさせて頂きましたが、何が言いたいのかと申しますと、先手の戦法や戦術に対抗する受けや対抗策を考案または発見するまで時間がかかるため、その間どうしても先手の勝率が高くなるという事実が存在するということです。その結果、トータルでの年間の勝率が毎年先手若干高くなるのは致し方ないのです。だからと言って、後手の得も厳然と存在しており、将棋は先手有利と結果から単純に断言することはできないというのが私の譲れない信念なのです。将棋の神様同士が対局されれば、持将棋かもしくは千日手になるのではないでしょうか?だとすれば、これは大変なことなのです。某数学博士によると、室内卓上競技は、必ず先手有利か後手有利かどちらかだということだったと記憶しているのですが、そのどちらとも断言できないのが世界広しと言えども日本将棋のみだということなのです。 初手の可能性 次に初手の可能性について述べさせて頂きます。囲碁の場合、初手は星に打ったり、三々に打ったり、小目、高目、目はずし、天元打ち等様々選択肢があるようです。それに比べ将棋の場合、初手最善手は7六歩か2六歩しかないではないか?手の広がりが囲碁に比べ序盤は非常に狭いのではないか?という声も聞こえて来そうです。プロ棋界では初手▲7六歩の確率が8割を占め、振り飛車が猛威を相変わらず振るっているアマ棋界ではそれ以上だと思われます。森下卓八段などは将棋の初手最善手は▲7六歩ではないかと思われているようです。もしそうであるなら、将棋の変化がかなり狭まってしまい、興味も半減してしまいます。私は高校生の頃、初手▲4六歩や▲7八金、捻って▲7八銀、先手▲2六歩に対し後手の初手△1四歩、先手▲7六歩に対し後手△4四歩等、先後を持って様々な初手の可能性を追求したことがあります。この中で悪手もあるかも知れませんが、▲7八金は立派に通用しそうです。最近森内俊之名人によるNHK将棋講座では、初手▲5六歩が採り上げられています。それに似た意味で初手▲5八飛も立派な手です。初手▲1六歩や▲9六歩は、後手になったと思っていれば気楽な面があります。近年のプロ将棋では先崎学八段や林葉直子女流王将が以前初手▲3六歩と指しました。驚くべきことに初手▲7六歩を受けて後手が△7四歩と指した将棋も中村修八段や米長邦雄永世棋聖の棋譜に見られます。特に2筋と7筋の突っ張り合いの変化を掘り下げたのが中村八段です。先手▲7六歩に対し後手△3二金の将棋も、豊川孝弘六段を初めとして時折プロ棋界で見かけるところです。また、故阪田三吉王将による▲7六歩に対しての△9四歩は語り草になっていますが、それを破った故木村義雄14世名人の構想が優れているとの評価はあります。極めつけは先手▲7六歩に対して後手△6二銀でありましょう。この手自体は総合戦法を開発した鈴木英春アマ六段による後手銀冠作戦ですが、先手のみに飛先を切る権利が生じるため、余り指されていません。若干含みは違いますが、驚くべきことに、かの羽生善治竜王が以前森下卓八段とのタイトル戦で採用したことがあります。これらは飛先を無条件で交換できれば有利との定説に真っ向から挑むものとも言え、勇気のいることです。発想の柔軟な転換ができなければ指せない手でありましょう。いずれにしても私が言いたいのは将棋は初手が二通りのみでは決してないということなのです。 飛先無条件交換有利説に挑戦する戦法としては、立石流四間飛車があります。居飛車の飛先交換をわざと許し、後に△2四飛とぶつけ交換を迫るものです。△4四歩と角道を止める振り飛車に対し、先手が▲2五歩と突けば後手△3三角がセットで、絶対手と考えられていますが、決してそうではないということです。以前NHKの対局で、▲2五歩に△3三角と受けられなかったのを見られた当事者の内藤國雄九段が、生まれて初めて遭遇したと言わしめた構想でもありました。内藤九段の勉強不足が露呈した格好ですが、すぐその直後初めて遭遇した立石流に対して、後の立石封じの一翼を担った、△3五歩に狙いをつけた角交換からの自陣角である▲6八角を短時間で指されたのはさすがでした。同様の発想の転換は最近では近藤正和五段によるごきげん中飛車や古きは横歩取り対後手5筋位取りの将棋等にも見られます。また鈴木アマ六段創始の先手のみに飛先交換を許し、自らは飛先不突き銀冠に組むのも奇抜な構想です。最近では飛先を交換された代償として、この様に銀冠に組めればよしとの考えが定着しつつあります。たとえ銀冠にしなくても雁木戦法のように、先手に飛先を交換させる代わりに居角での攻め潰しを狙う作戦もあります。このように発想の転換さえ図れれば、初手の可能性もぐんと広がるのではないでしょうか? 先手有利説の中に、相懸かりの出だしがあります。初手▲2六歩、後手△8四歩から互いに飛先を延ばして行けば、先手のみ飛先を先に交換でき、且つ浮き飛車に構えれば、後手の飛先交換を防ぐことが可能です。だから先手有利ではないのか?と……。ところがこの状況はいつまでも続きませんし、いずれは切られる運命にあります。その時後手には飛先を切りつつ飛車をどこまで引くかの選択権が生じているのです。これも後手の得の一つと言えましょう。余談ですが、もし後手に飛先交換を許さず駒組を進めるとなると、先手捻り飛車にしなければなりません。森雞二九段が▲3六飛のタテ歩取りでよく用いますが、この場合、飛先を交換して下さいとようやく▲7六歩を突いても後手は敢えて飛先交換を見送って来ます。そこで▲7五歩と突っ張り強引に捻り飛車にすると、通常の飛先を切らせた捻り飛車より、捻り飛車側が2手損することになります。このような戦型においては、却って飛先を交換しない方が良い場合が多いのです。 コンピューターVS人間 最後にコンピューターと人間との闘いを考察したいと思います。開発者としては、人間のプロ棋士に勝てるソフトの出現を目指しておられるかと推察致します。確かに現段階ではアマ三段の力は有に身に付けており、定跡も200万手をインプット。1秒間に2億手を読むと言われるコンピューターですから、詰将棋の世界ではプロと言えどもとても敵いません。しかし指し将棋となると、なかなか人間を凌駕するのは、目の前に来ているようでもあり、実際はまだまだ遠いのではないでしょうか? チェスでは、世界チャンピオンをコンピューターが破ったとのことですが、ついに来るべき時が到来したということでしょう。何故ならチェスでは変化が閉じているので、演算の世界にかなり近いから、コンピューターの得意とする分野だからです。将棋となるとそうはいきません。序盤はどうやっても一局の将棋と言われるごとく、演算不可能の世界だからです。すなわちファジーな世界。これをチェスの猛者に言わせると、これでは実力を発揮できないではないかと……。じつはこのファジーであることが、演算の世界を超えている証左であって、指す人個人々々の個性が発揮され、同時に創造性と芸術性を帯び、指し手を特定することは極めて困難です。 もうひとつは、デジタル方式で形勢判断を行うことに限界があるのではないかと考えています。デジタル方式というのは「0」か「1」かの二者択一の二進法ということらしいのですが、それで明確に判断できるのは、将棋の形勢判断基準の一つである、駒の損得と寄せの速度、及び手番の有無でありましょう。駒の価値判断は点数で評価可能だからです。しかし駒の働きということになると、現状の働きだけの評価のみではなく、将来性も含めた微分係数的要素をも加味したり、他の駒との連携、即ち相関関係で能力評価をしなければならず、黒石と白石のみの囲碁に比べ、8種類の駒を有する将棋の方が、遙かに評価が困難なのではないかと考えられます。しかも、相手に取られることにより最高の働きをする駒のケースもあり、取られる前の瞬間、最大の力を発揮するケースもあります。従って駒の価値は玉は無限大としても、他の駒は絶対評価ではなく、相対評価をしなければならないということなのです。これはあたかも、ニュートンを初めとする古典力学における、時間と空間の絶対尺度の概念が誤っており、光速度を絶対値として、時間と空間は伸び縮み可能な相対的尺度であると喝破した、アインシュタインの相対性理論と極めてよく似ています。 また玉の安全度の評価基準も極めて曖昧です。ただ囲いが強度であれば安全なのではなく、敵陣を攻める体勢との相関関係や、相手からの攻撃を防御する体勢、更には相手玉の位置や囲いとの相関関係をも推し量る必要があるのです。もちろん中住居や伊藤果七段の得意とする風車戦法の様に、玉形のバランスを重視したり、玉の広さが寄せ難かったり、それらの多様性を統一的にデジタル方式で判断するのは極めて困難なのではないでしょうか?例えば金矢倉囲いで、玉は何処に居るのが最も安全度が高いか、という設問があったとします。普通の方は大抵入城した▲8八玉型が最も安全だと思われていることでしょう。ところが必ずしもそうではないということが、将棋の奥深さです。▲8八玉と手数をかけてわざわざ入城したばかりに、棒銀や雀刺しで端攻めを喰らった場合や、中盤での玉頭における継歩攻め、終盤での△8六桂の歩頭桂を喰った形など、却って当たりがきつくなっています。むしろ相手が攻めて来た場合、正面攻撃を受ける位置からかなり遠い▲6九玉や▲5九玉の方が安全と言えます。右玉戦法は、この考え方を更に発展させたものに他なりません。では▲6九玉型や居玉が安全かというと、味方が相手を攻める場合は、全く逆の現象が起こって来ます。即ち攻め駒の多い右辺での戦いになると、戦場に近い居玉はかなり危険です。その場合は▲8八玉型が安全です。何しろ飛車を渡しても王手で下ろされる心配がありません。では▲7九玉型はというと、その中間的存在です。反撃された場合、1手で入城することにより安全地帯に逃げ込みが可能です。ただ欠点は角のラインに当たっているということです。つまり王手や王手飛車にかかり易い位置と言えましょう。雀刺し戦法では、この位置が適していないのはこのためです。右玉戦法は、自ら攻めるというよりも攻めさせて反撃するという振り飛車に近い思想が根底に流れています。この様に囲いと玉の位置は、主に相手の攻撃態勢や味方の攻撃態勢との相関関係により、安全度を判断しなければなりません。飛先不換角換わり相腰掛け銀における▲7九玉△3一玉型・同形での最新定跡では、後手がわざわざ△8八歩と犠打を放ち、▲同玉と取らせ入城させることにより、逆に危険地帯に誘い込んでいます。このような玉の安定度に関する原理を喝破できれば、文句なく有段のレベルに到達していると言えましょう。 藤井システムは、ただ美濃囲いに囲っていれば玉が安全であるという観念を根底から覆したところに最大の価値があるのです。居飛車・天守閣美濃に対しては、居飛車の最大の弱点である玉頭を攻撃するため、わざと振り飛車側は△8二玉と美濃囲いの定位置に玉を持って行かず、敢えて△7一玉型を貫いているのも、素晴らしい構想でした。極めつけは、居飛車がせっせと天守閣美濃に囲っているのに対抗して、後手の振り飛車は、居玉のまま銀を△7四銀まで繰り出し、一旦振った飛車を先手の玉頭目がけて△8二飛と振り戻す奇抜な構想が、林葉直子女流王将(当時)によって実現しています。余談ですがこれら新戦術の出現により、将棋がものすごく面白くなったのです。一時は相穴熊に双方が一目さんに囲ったり、玉を固め合う将棋が横行し、近代の将棋が大味でつまらない方向に流れかけていたのですから……。居飛穴の優秀性が認められ、多大な戦果を上げたからこそ、同戦法が藤井システム誕生の原動力となったのは皮肉な現象でした。藤井システムの居玉で角筋を最大限に活かした攻撃を避けるため、今度は居飛車側が工夫を重ね出したのです。例えば玉を端の香頭に持って行く米長玉であるとか、▲7七桂を跳ねた後▲8九玉型にする、いわゆるミレニアム囲い、最初から角道を全く開けずに引角にし、銀冠から穴熊に変化する、広島の藤川清美アマ四段が開発した戦法などがそれです。藤川流は森下卓八段も公式戦で試みられました。また藤井システムが、居飛車の穴熊攻略として早めに△6四歩を突くのを駒組の骨子としているのを見越し、居飛車の急戦策が復活を遂げたのです。つまり、居飛車急戦に対する振り飛車による最大の反撃手段である△6四角の可能性が消えているため、それを咎めようと、藤井システムの居飛穴対策が優秀なのも手伝って、急戦の採用が増えたのです。 もうひとつ別の観点から、駒の働きを考察してみることと致します。初心者のうちは、桂を働かそうとして、ぴょんぴょんと素早く跳ねられる方が非常に多い。ところが味方の援護なく、単騎での早跳ねは「桂馬の高飛び、歩の餌食」という結果に終わってしまいます。かと言って、最後まで攻め駒の桂を跳ねずにいたら、遊び駒のまま終局することになりかねません。桂を跳ねる時期は、意外と難しいのです。また振り飛車が高美濃に組んだ場合、急戦指向の居飛車に対して、玉側の桂を△7三桂と跳ね、反撃の主力にするのを、私の師匠であった故高島一岐代九段が得意としておられました。逆に大山15世名人は、振り飛車の玉側の桂を、高美濃に組んでも、銀冠に発展させても、なかなか跳ねなかったと言います。これは受けの大山ならではの考え方で、桂を跳ねないことにより、玉の安全度を低下せしめないことと、角の活用の可能性、即ち含みを大きくしておくというものでした。これは、対局者の好みや棋風によって差があるのであり、一概にどちらが正しいと言えないところに、将棋の奥深さと、たまらない魅力が隠されているのです。 以上のような相対観、突き進めれば即ち大局観をコンピューターがデジタル方式で、判断するのはかなり難しいのではないかと考えます。デジタル方式は、白か黒かをはっきり分別するわけですが、将棋の場合はあくまでファジーなゲームで、白か黒かはっきりしない要素がかなり多いのではないでしょうか?そこに創造性や個性が入り込む余地があると考えます。コンピューターは構想を練ったり、定跡を創造したりすることはできないと思います。最近コンピューターが詰将棋作品を創ったりしていますが、これはあらかじめ人間が条件を設定して、それにかなう形態を検索してでき上がった結果であって、本来の創造とは違うと考えています。 しかも将棋では、自然科学同様に定跡が進歩します。去年通用していた定跡が、今年は新手が開発され、通用しなくなっていることはざらで、攻めの新技術が開発されればそれを受ける技術が開発される。それが巡り巡って以前結論が出た形が復活し、更にその奥が開発され、リバイバルすることがよくあるのです。例えば飛先不換角換わり相腰掛銀の木村定跡があります。同様に玉を7九と3一に置いたままの形も升田定跡で先手有利と結論が出ていました。ところが近年そうでもないのではないか、との疑問が出始め、若手棋士の間を中心に実戦で何度も試され、一時流行しました。島朗八段著の「角換わり腰掛銀研究」にはその経緯と、実戦に基づく深い研究が詳しく述べられています。現在のところ一応先手が若干有利ではないかと結論めいたものが出て、ピリオドが打たれてはおりますが、誰かが新手を開発すれば、たちどころにして復活を遂げることでしょう。この様にぞくぞく新手が登場したり、定跡が日進月歩するため、ソフトに定跡を記憶させるのとがイタチごっことなって、結局は人間が開発した手順や手筋をその都度インプットしなければ人間を凌駕できないということです。これでは永遠に人間に勝てないかも知れません。 この攻めの技術が開発されることに伴って、受けの技術が開発される、切磋琢磨を変遷して行く姿は、プロレスとそっくりです。昔パワーボムという高級技が必殺となっていました。ところがそれを防ぎ、逆用する技が開発されると、更にそれを上回る技が開発されました。ということは、昔の強者より現在の強者の方が技が豊富な分だけ強いのではないかとも思えるのですが、如何でしょうか? 相撲では、双葉山と貴乃花の最盛期同士が対戦したらどちらが勝つかわかりません。それは決め技が特に進化したとは思えないからです。陸上の選手だと、記録が日進月歩ですから、短距離100メートル走でヘイズとルイス(現在の世界記録保持者が思い出せないのでちょっと例えが古いですが……)が勝負したら、結果は明らかです。囲碁の場合は、江戸時代の本因坊秀策の方が現代の最強者より強いのではないかと言われています。将棋では、幕末の棋聖・天野宗歩をもってしても、現在の若手棋士には勝てないと思われます。 将棋の技術や定跡の進歩が続く限り、ソフト開発は後手々々に回り、学習機能にも限度がありますから、結局は人間(名人や竜王)に勝てないのではないかと思います。もしコンピューターに負けてしまうようになったら、それだけで興味が半減してしまうことでしょう。もちろん反論もありましょうが、今後の開発戦争を待ちたいと思います。 将棋と人格形成 私は小学生の時、将棋のルールを知らずに指していました。香が成ったら横にも動けるといういい加減なものでした。詰みということも知らずにいました。誰も正式に教えてくれないので業を煮やし、中学1年の時小学館の百科事典を引き、将棋の項を読んだ折、取った駒の再使用ルールを知り、大変驚くと同時に素晴らしいルールだと直感しました。これは奥の深いすごいゲームであると、感動したものです。同年転校生と将棋を指した際、玉の頭に金を載せられ考えていると、横から数学の先生が、「これは詰んでいる」と言っています。私はこのことが理解できませんでした。それまで、王手をして相手が気づかなかったら、王を取ってゲームセット、と思いこんでいました。誰しも経験があるのではないでしょうか? また、当時先手なら▲2六歩からどんどん飛先を突いて行けば簡単に敵陣が破れ優勢になっていました。中学2年の時、▲2四歩と行くと、相手が△同歩、そして▲同飛で胸を張ったところ、すぐに△2三歩と打たれ困ってしまいました。この歩は3二金が守っているので取れません。仕方なく飛車をバックしました。次の機会に今度こそと、▲2四歩と合わせ歩を打つと、やはり△同歩▲同飛に△2三歩と打たれ、またもやバック。こうして初めて、取った歩を再使用することにより、後手が敵飛先攻撃を防ぐことができることを悟ったのです。そして極めつけは、相懸かりの出だしで▲7八金、△3二金を双方が省略した形で、先手が先攻したら不利に陥るという定跡を知った時でした。中学2年の時初めて買った北村昌男七段(当時)著の「よくわかる将棋」にその手順が掲載されていました。こんなことがあるのかと非常に感動しました。このことで、将棋は先手有利とは言えないと直感したものです。私の本持論は、この瞬間が原点になっていると思います。次に同著の中で急戦石田流の早仕掛け定跡が載っていました。何度もこの手順を並べて感動に打ち震えたものです。更には大山康晴名人(当時)著の「将棋の指し方」に横歩取り飛金交換定跡が掲載されていました。これにも感動しました。この3つの定跡が私の将棋探求の源泉だったと、今になっても痛切に実感致します。 将棋の中に真理がある。これを探求することは、人生の奥義を極めることに通じると確信致しました。将棋は人生の縮図とも言われます。父はたかが八十一格、有限ではないかと嘲笑していましたが、私は持駒再使用ルール採用によって変化無限になったと考えています。40枚の駒を全て同じ向きにして、各駒の利き筋に他の駒を置かないルールで並べたら、ひとつだけのケースにおいて、ぴったりはまるそうです。これは決して偶然の産物ではなく、高度の知能を持たれた神様が創造・開発されたゲームと感じざるを得ません。これがぴったりはまらなかったとしたら、ゲームそのものの存在が不完全であったであろうと推量できるからです。 ところで、故加藤治郎名誉九段は将棋を難解な「数学」として捉え、「新手一生」を掲げた故升田幸三実力制第4代名人は将棋を「芸術」として捉え、不敗を誇った昭和の勝負師・故大山康晴15世名人は将棋を「勝負」として捉えました。私は「数学」は心の三作用の一つである「知」的作用により「真」の価値を探求し顕現する手段であり、「芸術」は「情」的作用により「美」の価値を探求し顕現する手段であり、「勝負」は「意」的作用により「善」の価値を探求し顕現する手段だと考えています。つまり将棋界の偉大な3巨頭は、それぞれ将棋の一側面を自らの人生哲学に合わせ強調して捉えておられたのです。これはあたかも、盲目の仏教信徒が象の一部をさわることによって、象の全体像を探ろうとしている様によく似ています。まさに将棋は、人格形成にはうってつけの室内卓上競技だと言えるのではないでしょうか? 以上、私が日頃考えていることをこの機会に縷々述べさせて頂きました。特に囲碁やチェス関係者の方には耳障りな箇所が多々あったと思われますが、どうかお許し下さい。将棋は世界唯一、先手後手の有利不利の生じない室内卓上競技であり、日本の世界に誇れる国技と言っても決して過言ではありません。能や狂言には、国立演舞場があるやに聞いており、政府が予算を割いています。将棋や囲碁の普及を通じて、子ども達の礼節や情操教育、ひいては人格形成に活かすことを政府としてももっと真剣に取り組むべきと考えます。教育基本法改正による教育改革も目前に迫り、待ったなしの状況です。廃れて行きつつある将棋の復興が、青少年健全育成やお年寄りの呆け防止に役立つことは間違いありません。 最後に、私の友人で広島県立高校で教鞭を執られ、同校将棋部顧問でもある福岡正博氏にバトンを譲りたいと思います。愛棋家諸氏のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
(次回は福岡正博さんにバトンタッチ)
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