リレーエッセーその74

東大、慶應に勝つために

豊島 英



 関東リーグ戦、王座戦で早稲田が優勝すること、それは東大、慶應に勝つことであった。結果的には最後である4年生の時に幸運にも王座戦優勝をすることができたわけだが、リーグ戦でそして王座戦でどうすれば東大、慶應に勝てるのか。私の4年間は常にそれを考え続けることであった。

 平成5年に早稲田大学に入学した私は春の個人戦でベスト16に残ったということと、当時の早稲田の主将だった人が個人戦で遅刻不戦敗という失態を犯したことで、1年生ながら関東リーグ戦にレギュラーとして起用された(1年生を使うということは層が薄かったということでもある)。その時早稲田は春のリーグ戦を優勝したのだが右も左もわからない1年生でも東大、慶應に勝たないと関東でも全国でも優勝できないということがよくわかった。そこで自分の東大、慶應に対する意識が確立されたと思う。

 私が早稲田大学の将棋部に入部した時に対外戦では「東大、慶應だけには負けたくない」と考えていた。春のリーグ戦が終わった時にはそれは「リーグ戦で東大、慶應には絶対にどんなことがあっても負けない」というふうになっていた。一言で言えば目の仇にしていたわけである。この辺の信念がどのように生じたのかははっきりとはわからないが、初めは慶應に対しては早慶戦だから負けたくないというのが始まりで、東大に対しては日本一になるためには避けては通ることができない高い壁ゆえに絶対に負けたくない感じだったか。理由はどうであれどんなことがあっても負けないという信念を4年間ずっと持てたことが技術的には明らかに劣る自分と相手との実力差を埋め、自分の実力以上の結果を残せたと考えている。

 将棋が上達するための方法は当然ながら人によって違う。私の方法は他の人から見れば変人に見えるだろうか。私は詰将棋は解かないし、見るのも嫌だった。羽生の頭脳みたいな難しい本は勿論、将棋世界などの雑誌もほとんど見た覚えがない。ただし購読していた新聞が毎日新聞だったので1年通してA級順位戦の全局は見ていたので、それは参考になったかもしれない。一番大事だと考えたのは将棋を指すという「継続」である。勉強を1週間に1日7時間やるより1日1時間やったほうが良いという理由と同じで、切れ目なく毎日将棋を指すことが大事だと考えた。授業に出なくても毎日大学に行っていたのは将棋を指すためというのも理由の1つである。365日の内の8割以上は1日1局以上将棋を指していたと思う。特に1年、2年の時は上級生、OBにかたっぱしから教えてもらった。土曜日の朝にOBの家に電話して、朝から部室で待っていたこともあった。それが30秒将棋でも10秒でも数多く指すことで本番の前に気づかないことがわかる時もあったし、ある戦法におけるかなりの変化を知ることができた。例えば、どのくらい優秀か使えないかは知らないが「右四間飛車」という戦法の将棋だけでも部室で200か300局ぐらいは指していると思う。
 それ以外には、関東A級リーグは記録係が全対局につくため棋譜が全て残っていた。だからリーグ戦における東大と慶應の棋譜は全て目を通していた。といっても棋譜の最初から最後まで関心があったわけではない。私にとって一番関心があったのは秒読みになってからの各々の指し手である。秒読みでも通常とあまり指し手が変わらない人、手堅くなる人、攻められるとたとえ優勢でも面倒みようと受けに回る人。善悪はともかく意表のつく一手に対して指し手が揺らぐ人、終盤は弱い人などなど。こういうことは知っていて自分の結果にそれなりの影響を与えたと思う。

 そして上記に述べた技術面だけでなく精神面も同じくらい重視した。
 優勝がかかる勝負、一手違いの終盤戦、プレッシャーに自分自身が勝つこと。こういった状況で結果を出すには精神力が問われる。私はこういった場面で結果を出せない多くの人を見て天を仰ぐ一方で、自分に対してはかなりの実力差がなければ勝負は精神力の違いで何とでもなる。実力的に相手より劣る自分が勝つには精神力では負けてはならないと常に考えていた。そのために日々のイメージトレーニングを繰り返し、また勝負に勝つ男たちの文章に必然的にひかれていった。特に大山康晴(15世名人)、広岡達郎(元西武ライオンズ監督)、森昌彦(元西武ライオンズ監督)、野村克也(元ヤクルトスワローズ監督)の書籍にはかなり影響を受けた。

 将棋の上達方法については今だから言えることである。当時は別に制度化してやっていたとかノルマだと思っていたわけでもなく、またそれが努力とも思ってはいなかった。将棋が好きだということ、将棋が強くなりたいということ、そして東大、慶應に負けたくないということ、これらのことがそうさせたということである。

 関東のリーグ戦の会場は、常に張り詰めた雰囲気があり、特にリーグ戦の最終日は優勝がかかるので非常に緊迫感があります。偶然といえば偶然ですがその最終日に4年間通して常に東大と優勝をかけて対戦していたのですから、寿命が縮むというのも大げさに聞こえるかもしれませんが、私はあながち冗談だとは思っていません。ただ私はその雰囲気が好きだったし、何日も前からそれを楽しみにしていたし、また早く勝負したいという気持ちでいっぱいでした。そしてそういう場面で早稲田のレギュラーとして将棋が指せることを常に幸せなことだと感じていました。それが当たり前なことだと思ったことは一度もありません。

 東大戦や慶應戦において内容はともかく、結果がそれなりについてきたのは自分の信念にこだわってきた結果だと思う。個人戦では学生名人戦でベスト4が2回あるぐらいのダサい結果しか残せなかった。ただ4年間のリーグ戦でVS東大7勝1敗、VS慶應8勝0敗、リーグ戦で通算47勝8敗、そのうち3期連続全勝を含む25連勝などはリーグ戦を知っている人にならちょっとだけ自慢になるかなと思っています。

 「東大、慶應に勝つために」……。この信念は大学卒業後も形を変えて自分の生き方に多少なりとも影響を与え続けていると信じます。
 「東大、慶應に勝つために」……。あの頃が懐かしいです。


 次のエッセイは3年前にNHK将棋講座のアシスタントを務め、北海道大学将棋部OGでもある鈴木彩子さんにお願いします。


(次回は鈴木彩子さんにバトンタッチ)