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将棋を覚えたのは4、5歳のときだから、もう20年以上続けていることになる。それだけ長い間将棋を指していれば、勝って至福の喜びを得たときもあるし、負けて悔し涙を流したこともある(さすがに最近はないが)。せっかくリレーエッセーを書く機会をいただいたので、Q&A形式でこれまでを振り返った後、今思っていることについて書いていきたいと思う。
1.過去の自分
Q.将棋をやっていて良かったことは?
A.いろいろな人と出会えたこと。利害関係なく付き合える友達ができ、人生の幅が大きく広がったと思う。
Q.今までのライバルといえば?
A.小学生から高校生までは竹内俊弘さん。1つ年上で、ライバルというより目標に近い存在だった。同じ将棋センターに通っていて数多く対戦したが、少し負け越しているはず。
大学時代は林隆弘さん。学年が同じで、1年の時に学生タイトルを分け合ったこともあり、お互いに意識していたと思う。公式戦では不思議に当たらず、東日本大会を除けば十傑戦の1回だけ(それも予選第3局で、負けた方が予選落ちという微妙な戦い)であり、もっと対戦したかった。
今は渡辺俊雄さんかな。同じ北海道ということで、お互いに切磋琢磨していければと思っている。
Q.今までを振り返って会心の一局は?
A.学生名人戦決勝、十傑戦決勝、朝日アマ名人戦決勝、どれもが想い出深い一局であり、すぐには答えられない。
Q.転機となったような1局は?
A.大学2年の時の春季大会個人戦準決勝。前年の十傑戦で優勝し、北海道では負けられないという極度のプレッシャーを受けていたなかでの敗戦。将棋について深く考えるいい機会になった。それから2年後、運良く学生名人を取ることになるのだが、その年の大学の部誌に次のように書き記した。今でもその気持ちに変わりはない。
『今振り返ってみるとその(春季大会の)敗北は自分にとってすごくいい経験になった。そして、その敗北があったからこそ、その敗北により精神的に強くなったからこそ、学生名人を取ることができたと思っている』
2.現在の自分
私は今、北海道の中でも最北端の稚内という街に住んでいる。人口約4万3千人、札幌から320キロという田舎ではあるが、中座真五段、中井広恵女流三冠を輩出した将棋の盛んな土地であり、あたたかい人々に囲まれて楽しい毎日を送っている。札幌で生まれ育った私がなぜ稚内に就職することになったかは長くなるので省略するが、将棋を通して数多くの人と出会い、自分なりに考え抜いた結果である。将棋を指していなければ稚内に来ることもなかったと思うと、不思議な気分になることもある。
社会人になって丸3年が経とうとしている。環境も落ち着き、今は自分の実力が発揮できているように思う。今回の朝日アマ名人戦で上京した際、私を良く知る友人がこんなことを言っていた。「金内くんは冷凍保存しておいてレンジでチンするのがうまい」と。つまり、学生時代の実力をそのまま出せるように調整するのがうまいということで、面白いことを言うなと思ったものだ。ということは、去年は解凍に成功したけど、今年は失敗したということになるのだろうか(笑)。
たしかに、私はどちらかというと大会に向けて調整する方である。ただ、この方法でいつまでもいい結果が出るわけではない。電子レンジが壊れるときも来るだろう。そろそろ違う方法を模索していかなければならない時期かもしれない。
3.未来の自分
10年後、20年後、今と同じように将棋の大会に出ているのかはわからない。体力的・環境的にも厳しくなってくるだろう。だが、今後もずっと将棋は続けていきたいと思う。将棋を覚えて初めて勝ったときの喜び、自分の才能あるものに巡り会えた幸せを忘れることなく。
駄文に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次は今回の朝日アマ名人戦でブレイクした竹内俊弘さんに回したいと思います
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