|
リレーエッセーその77 竹内俊弘 |
|
![]() 図は113手目の局面である。この時点で私は先にやり損なったせいもあり形勢不明ぐらいに考えていた。そしてこの後まだ数十手は続くであろう、と考えていた。この際に問題になるのはトイレの問題である。現状はまだ大丈夫であるが、この後の展開を考えると早めに行っておきたい。しかし、私は相当前から秒読みに入っている。どうしたものだか、という状況であるが私はこの局面の一手前の△2四角と指してトイレに行った。自分なりの確信があったからだ。 (1)40秒程度あれば用は足せるだろう。(根拠無し) (2)この大舞台でプロが即座に指すわけがない。(単なる思いこみ) (3)相手が秒読みになる前に行った方がよい。(さすがに秒読みになったら59秒まで待つ、といったようなことはまずしないだろうから) (4)相手の指し手は100%▲4七飛だろうから△4五桂と指し手を決めておけばすぐ指せる。(善悪は不明) そして114手目の私の指し手は 「時間切れ」。 直後は放心状態だった。「こんな中盤の真っ直中で終わるのか」と何度も思った。だが、今振り返ってみると当然の結末だったのかも、と思う。なにしろプロはそれで生活しているのだから。今回の件については(2)と(3)の部分の私の解釈が軽率だったのだ。もっとも、そのまま指し続けていたとしても最後は時間切れになる運命であったのだろうと思うが。過去にこの様な事例で終局したということはあったのだろうか? 対局後の酒席で、あるアマ強豪の後輩から「でも自分がその立場になったら絶対即座に指すでしょう?」という質問を受けた。人によって意見は違ったが、私は「絶対に指さない」と答えた。高校生時代なら間違いなく指しただろうが、年を経るうちに将棋に対する考え方が完全に変わってしまったのだ。今の自分にとって将棋は単なる勝ち負けよりも、それ以外の部分のほうが主になってしまったのだ。それは高校生時代の終わり頃に「もうプロになることのない自分にとって将棋での単なる勝ち負けというものはそれ程大きいウェートを占めるものではない」と思った時から。 その後、ある棋士が「真剣勝負の場なのだから尿瓶にしてでも……」と言っていたのを伝え聞いたが、さすがにそれが将棋界の総意であるならいかがなものか、と思うが。この様な事件は後にも先にもこれだけかもしれない。また起こるとするなら、一番可能性があるのは私が再犯することなのかもしれないが。個人的には回数制限をした上で「トイレ休憩」のようなものがあってもいいと思う。第一、現制度では車いすが必要な身体障害者の人が対局することになったらどうするつもりなのだろうか。(可能性は十分あると思う) 今回のことで運営の方々に御迷惑をかけたことをお詫び申し上げます。もし、いつか再び、プロとの対戦の機会があるなら、次はすっきり決着を付けたいと思う。もちろん無策振り飛車で?! 最後に、管理人さん、原稿が大幅に遅れて済みませんでした。 次の走者である吉田俊哉さんは福島県棋界で一番読ませる文章を書ける方である。福島県だけに留めておくのはもったいないので、多くの方に氏の文章を楽しんで頂きたいと思う。 (次回は吉田俊哉さんにバトンタッチ) |