|
リレーエッセーその90 ケーキを一番に選ぶ権利 古河彩子 |
|
子供の頃、祖父母がうちに遊びに来て帰る前日は、いつも何種類ものケーキを買ってくれました。取り皿と飲み物を揃えてケーキの箱を開ける瞬間は、何ともいえない幸せな気分です。祖父母は、まず私と弟に好きなケーキを選ぶように言います。二人で箱を覗くと、弟は遠慮がちに「お姉ちゃんは、どれがいいの?」と聞いてくるのがいつものパターンでした。 家中で、いちばん最初に好きなケーキを選ぶ権利は、いつも私と弟にありました。今思えば、あの瞬間、「自分はここにいる全員から一番愛されている」と感じることができていたのです。 家庭の外へ出たとき、私はしばしば理不尽に他の子より我慢させられることがありました。「なんで私だけ我慢しなくてはいけないの?」「なんで、あの子は特別なの?」そういう不満を消化できたのは、いちばん最初にケーキを選ぶ権利をいつもくれる家庭環境のおかげでした。 子供が健全に育っていくために必要な親の愛情の種類は、どこからか子供が喜ぶものを持ってきて与えるのではなく、親自身が子供のために我慢して与えてくれるものだと思います。 将棋は年代、性別や職業などにかかわらず楽しめる趣味なので、幸いなことに幅広く人々との交流を持つことができております。将棋を習いにきた子供達の将棋の技術を高めることは、私の大切な仕事です。しかし、その子供達のほとんどがプロ棋士になるわけではありません。本当に私が子供達のためにしてあげられることは、これから経験する様々なことを乗り越えるために役に立つ何かを持たせてあげることかもしれませんね。 各地域で将棋を教えていらっしゃる年配者の方は、そういうことをなさっている方が多いように思います。将棋を通じて、将棋以外のものを伝えることの素晴らしさを知るために、ずいぶんと時間が掛かってしまいました。 そして、それに気付いたときに、なんとなくケーキのことを思い出しました。 さて、いつしか私は「自分の食べたいケーキは他の人も食べたいのではないか」と考えて、一番ほしいものを取らないようになりました。翌日、一番食べたかったケーキはまだ冷蔵庫にありました。孫の遠慮を見透かした祖父母は、人数分より3つ多くケーキを買ってくるようになり、翌日の母と弟と私のおやつになりました。一番食べたいケーキは、結局私のものになりました。 (次回は宮本聡之さんにバトンタッチ) |