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リレーエッセーその99 オカルト将棋 松本 誠 |
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近年、お隣の麻雀界ではデジタル・オカルト論争が盛んである。これはツキ、流れ、勢いを現象として認めるかどうかという議論で、デジタル論者はこれらを心の弱さから端を発した実体のない無用なモノ(=オカルト)と断定する。共感できる部分もおおきい興味深い議論である。 それではこれが将棋ならどうだろうか。一見すると完全情報ゲームの将棋にオカルトなど入り込む要素はないように思える。だが、ここで強豪諸氏の対局風景を思い出していただきたい。初手に数分の長考する人、対局中頻繁に席をはずす人、そしてお菓子を食べる人。彼らの行為に、勝率を高める合理的意義を見出せるだろうか。おそらく誰もその真意はわかるまい。だが事実、彼らは勝ち続けている。 他方、技術面のみに着目しても、従来の格言で現代将棋を的確に説明できるだろうか。「居玉は避けよ」、「攻めは飛角銀桂」、「玉の守りは金銀三枚」……。基本ではあっても不十分な感は否めない。換言すると将棋を合理性だけで理解するのは時として困難で、多少の厳密さを犠牲にしてもオカルトの概念を取り入れた方が理解し易いと言える。そこで、以下では私が出会った不思議な格言(=オカルトシステム)をいくつか紹介する。 「持駒に桂を3枚持つと不利」 棋譜のデータベースを持っている方は検索されると良いがこの状態では7割勝てない。 その原因は持駒の風通しの悪さにある。仮に3枚の持駒をA、B、Cと名前をつけ、A、B、Cの順に使うとすると、桂CはABの2枚が使い切られるまで使えない。すなわち遊び駒に近い状況である。「かなり攻められた形跡がありますね」とは新井田基信さんのコメント。この方が直感的には理解しやすいか。なお、応用として「桂を1枚渡したらさらに捨てろ」と言い換えることもできる。 「金得したら桂損返せ」 大きく駒得した場合は半分くらい返すつもりで指すと上手くいくことが多い。その理由は「金得ながら玉が薄い」とか「桂得ながら歩切れ」といった状況よりも「代償のない金桂交換」の方が勝ちやすい場合が多いから。優勢な将棋を勝ちやすくする工夫といえる。駒得したらその利を生かしてさらに駒得を目指したいのが人情かもしれないが、それでは「駒得レベル」の将棋で、おおむね遠回りすることが多いように思う。 「ダイヤモンド美濃は一手負けするように出来ている」 知り合いの超強豪に教えていただいた説。ダイヤモンド美濃とは4七銀を加えた美濃囲いの俗称で金銀が菱形に並んだその姿は美しく、人気のある囲いである。ところがあろうことか、この美しい囲いはあまり美しくない銀冠穴熊の前には一手負けすることになっているのだそうだ。確かに、▲2五歩〜▲2四歩で銀得して喜んでいるとお返しの△2七歩の王手のほうが数段厳しいというケースは多い。 「強い人が指した手はいい手に見える」 プラシーボ効果という言葉をご存知だろうか。薬理作用のない粉末(乳糖や澱粉、生理食塩)を薬だと信じて飲むとそれだけで症状が変化する場合があるのだそうだが、これは将棋を指している際にも当てはまる。相手は強いと強く思い込むと、甘い手(乳糖)でも妙手(薬)に感じてしまう。苦手な人と対戦する場合は、誰と指しているかわからないくらい集中して指すと良い。 「ぬるい手は厳しい手に勝る」 形勢不利の状況に限った話。一般に形勢が不利な側は結論を急ぐ手はまずく、局面の流れを速めず、なおかつ確実で相手をあせらせる手が良いとされている。有利な側から見ると、前者は厳しく、後者はぬるく感じる。 「寝たきりアタック」 上の二つを組み合わせた逆転技の集大成。苦しい中盤で押さえ込まれそうな忙しい状況でじっと手を渡し、次のチャンスを待つ指し方。やられる側からすると局面がはっきりしない上に相手が強そうに見えるので始末が悪い。逆転の瞬間はわかりやすい。それまでの静かな駒音が一転して、やけに高く感じるから。 以上、怪しげな理論?を紹介したが、これにより将棋の見方が少しでも広がるようであれば幸いに思う。最後に、埼玉の誇るアマ名人・古賀一郎さんにバトンタッチ。誠実な人柄で知られる氏は、一番後ろに紹介した技の権威でもある。将棋同様の優雅な筆致に期待したい。
(次回は古賀一郎さんにバトンタッチ)
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