リレーエッセーその102

将棋バカの近況報告

嘉野 満



 小泉卓也君からバトンが回ってきたときは、正直困った。
 書くことは好きなので、数年前だったら喜んで引き受けただろう。しかし、今の私には、他人に向けて何かメッセージを送る時間もエネルギーもないのだ。目立った活躍もないし、仲間とも疎遠になっているため新鮮なネタもない。赤旗名人戦を連覇したのが5年前、朝日で優勝し、山田敦幹朝日アマ名人と3番勝負を戦ったのすら3年も前である。今、何かを書こうという動機そのものがない。精神的にも情緒不安定気味で参っていて、「今はそっとしておいてほしい」というのが本音だった。
 一度はきっぱりと断った。しかし、なんだか落ち着かない日がしばらく続いた。久しぶりに何か書いてみたいという欲求だけはくすぶっていたようだ。
 ふと気がつけば、思いつくままにキーボードを叩き始めていた。
 あまり面白い話もないのだが、これは私の近況報告のようなもの。時の流れに追いつけぬまま、クレイジーさだけが増長している様を見て哀れに思ってください。



30代のストレス

 結婚、子育て、住宅ローン、仕事の責任は年々重くなり……等々、男にとって30代は様々なストレスが襲いかかり、尽きることがない。
 世の一般男性ほどではないにせよ、私も5年前に結婚し、仕事も10〜11時は当たり前という忙しさ。一人で将棋に没頭できる時間はほとんどない。
 私にとって30代のストレスとは、仕事の忙しさでも、家庭の煩わしさでもない。「将棋に割ける時間がない」というこの一点に尽きる。
 「勝ちたい! もう一度全国優勝したい!」という気持ちは膨らみ続けているのに、それに向かって前進する(技術を磨く)時間を持つことを許されず、イライラする毎日。贅沢を言ってはいけないのは分かりきっているつもりだが、才能がなく、ガリ勉のみで叩き上げ、這い上がってきた私にとって、これは拷問に等しいのだ。
 「このストレスこそ、自分がまだ、将棋指しであることの証明なんだ。だからこのストレスを誇りに思うべきだ」。こんなことを言い聞かせてみても気分が晴れることはない。いっそのこと、離婚して、仕事も辞めて……などと危険な考えが頭をよぎることもあるが、そこは凡人。そんな天才チックな行動が起こせるはずもない。
 そんな私だから、北村公一さんのエッセーには感動した。ここ数年で一番感動した文章だったので勝手に引用してしまおう。

…将棋だけに打ち込めないのが最大の難点で、それだけを武器にしてきた私にとっては死活問題といえる。普通の人にはコレが当たり前だが、将棋以外全て捨ててやってきた私には、将棋だけに打ち込めることこそ当たり前なのである。

 夢と現実とのギャップに焦りばかりが募る日々を送る私の心の中に、ほんの一瞬にせよ、まぶしい光が差したような感覚を覚えた。
 (涙を流しながら)「オレだけじゃなかったんだ! あんたもクレイジーだぜ!」
 言葉にするとこんな感じだろうか。



叶わぬ夢

・『名人木村義雄実戦集』全8巻を並べたい
・『升田将棋選集』全5巻を並べたい
・『山田道美将棋著作集』全8巻を読みたい

 中学生、高校生の頃、繰り返し読んだ全集を、何事にも邪魔されずに一気に読破したいという欲望が、最近どうしようもないほどムラムラ沸いてくる。
 あの頃どんな気持ちで読んでいたんだろう? 弱くて負けてばかりだったあの頃、だけど夢だけはでっかく、無我夢中だったあの頃の熱い気持ちが鮮明に蘇るはずだという期待。今の自分が見て、木村の将棋は、升田の将棋は、山田先生の文章は、どう映るんだろうか? 想像のなかで興味は膨らんでいく一方だが、1日のうち1時間くらいしか将棋に割けない現状にあっては叶わぬ夢。
 「こんな気持ちが沸いてくるうちは、まだまだ大丈夫、もう一花咲かせるのも夢じゃない」。そう思えてぐっすり眠れる夜もあれば、「こんなささやかな望みすら叶わぬ現状で、夢を追い続けるのはつらすぎる」と、悶々として眠れぬ夜もある。



中飛車穴熊

 私は穴熊党である。飛車を振れば当然穴熊。相手が振り飛車なら居飛穴。相振り飛車でも穴熊だ。中学生の頃からなので「この道20年」のベテランである。
 将棋ジャーナルに載っていた美馬和夫さんの観戦記(内田昭吉VS小池重明戦、表題「逆転の将棋」)を読んで「逆転の将棋」の魅力に目覚め、同誌に連載されていた「ミマ君の穴熊日記」や「ミマグマ西遊記」をむさぼるように繰り返し読んで穴熊党になった。
 振り飛車穴熊の王道はやはり四間飛車穴熊である。私も30歳を過ぎるまではほとんど四間飛車だった。しかし、この3年間、私は中飛車穴熊しかやっていない。なぜ中飛車なのか、その経緯を打ち明けてみよう。

 小林健二プロ、続いて鈴木大介プロが振り飛車穴熊を連採し始めたのがそもそもの発端だった。次々と明快な講座を書きまくり、定跡書を出していった。これによって、マニアだけの魅惑のジャングルだった四間穴熊王国は、ある日突然乗り入れて来たブルドーザーによって、瞬く間に木々をなぎ倒され、地面は舗装され、一般人が楽々行き来できるようになってしまった。王国一の勇者エンドゥは、持ち前のド根性と猛勉強で踏みとどまり、今もなお、その地位を維持しているが、教祖ミマ王は、「筋違い角穴熊」という奇妙な島に移り住んでしまった。
 私はミマ王なき後、新たなカリスマの座を狙って精進し、赤旗名人という勲章を二つ手に入れて有頂天になったが、それも長くは続かなかった。
 感想戦や、私が指しているその横で、「廣瀬(章人)君はここでこう指した」とか「山内一馬ならこう指す」といったセリフが頻繁に聞かれるようになったのだ。ウデはともかく、精神だけは、この国の誇り高き戦士であり、加えて自意識過剰の私にとって、これは耐えられなかった。「ここに踏みとどまっていては主役の座を勝ち獲るチャンスは巡ってこないかも知れない……」。そんな不安が重くのしかかる日々。
 宇宙からの侵略者「ヒロセ」と「カズマ」の登場によって、私は勇者エンドゥに別れを告げ、この国を後にする決心を固めたのである。
 私は、一路、三間穴熊の島を目指すことにした。しかし、たどり着いたその島は、一足先に上陸していた大怪獣トンカンに荒らされていた。
 恐怖におののき、笑うことを忘れてしまった島の人々を救うべく、私は暴君トンカンに敢然と三番勝負を挑んだが、健闘空しく2連敗。早々に島を去ることになってしまった。

 四間穴熊王国、三間穴熊島がダメなら、残された選択は一つしかない。
 私は、ある覚悟を胸に、中飛車穴熊砂漠を目指した。かつて偉大なるオオウチ大王が築き上げ、穴熊党発祥の地でもある大帝国も、今では廃墟と化し、砂に埋もれている。
 古き良き時代が忘れられず、現代将棋の急流に順応できないまま、尻尾を巻いて逃げ出した私は、誰もいなくなったこの砂漠で独り、一剣を磨くことにしたのだ。
 やはりという感じだが、誰もやらなくなった戦法というのは、色々と問題があるものだ。飛車を真ん中に振る関係上、急戦されると金銀の配置が左右に分断されてしまい、「穴熊なのに舟囲いより薄い」という戦いになりやすい。銀冠にされると5筋の飛車が邪魔して▲5八金〜▲4七金という積極的な構えがスムーズに作れないため、押さえ込まれ、完封されやすい。居飛車穴熊に対して(つまり相穴熊)は、堅さは五分(四間穴熊に勝る唯一の長所)なのだが、こちらから局面を打開していく手段がほとんどない。
 そんな三重苦を背負った戦法をなぜ選んだのか。
 それは、原点に戻ろうと思ったからだ。「穴熊=逆転の将棋」という原点に。
 前例や最新情報に流され、序盤の一手一手がなんだかせせこましく感じる現代将棋に対する、ささやかなレジスタンスだ。



現状を打破するために

 この三年間、自己満足に浸りながら黙々と中飛車穴熊ばかり指し続けてきたが、ふと振り返れば、その間、納得のいく実績を全く残せなかった現実に愕然とする。
 社団戦優勝、職団戦優勝、道場対抗戦優勝……と、団体戦でチームに貢献することはできたけれど、個人戦では代表になることすらほとんどなく、出場できた全国大会はレーティング選手権と、自由参加の平成最強戦のみである。
 はじめから分かってはいたことだが、急戦、銀冠、居飛穴それぞれに対し欠点を持つ中飛車穴熊は、やはり不利である。
 不利なので楽観することがない。最初から不利を自覚し、開き直っているので震えることがない。この精神的な部分だけが唯一、中飛車穴熊のメリットであり、盤上には、「不利」という現実しかない。 人間、長いこといじけ続け、ひねくれ続け、そして開き直り、それでもなお打ちのめされた後は、妙に素直になれるもののようだ。
 今の私に足りないもの……。それは「勝ち星」と「序盤戦における危機感」だ。
 私には、書店で新刊の棋書を見かけると買わずにはいられない、という困った習性があり、後で我に返って苦笑いすることがよくある。『島ノート』や所司和晴先生の東大将棋シリーズも、とりあえず買いそろえ、途中までは読んでみたものの続かず、「序盤の知識を頭に詰め込むくらいなら、最初から穴熊なんかやってねぇーや!」と言ってタンスの後ろにブン投げてしまった。
 しかし今、タンスの裏側でホコリまみれになってしまったそれらの定跡書を拾い集め、通勤電車の中で読みふけっている。
 勝ったり負けたりで一向にラチのあかない現状を打破するためには、今までとは違う何かをしなければ光は見えてこないと思った。だからバカにしていた序盤の勉強を真面目にやってみようという気になったのだ。
 言うほど大げさなものではないのだが、今の自分に与えられた時間の中で、今までとは違うやり方で、精一杯ジタバタすれば、きっと道は切り開けるはずだと信じて、私は今日も電車の吊り革に揺られながら、せっせと定跡の勉強をしている。



復活の予感!?

 平成15年8月10日(日)、「5万円持って帰るから」と、妻を家に置き去り、蒲田の納涼大会に出場。しかし、優勝賞金の10分の1しか持って帰ることができなかった。そんな日の夕方、「なにわ名人戦で遠藤正樹氏優勝、賞金100万円ゲット!」のメールが妻の携帯に入った。人妻に人気の癒し系強豪、小泉卓也の仕業だ。
 私の納涼大会3位(5千円也)の封筒と、遠藤さん100万円のメールをかわるがわる見比べ、ため息をつく妻。
 「あなたと遠藤さん、どこが違うのかしら? やっぱり才能とかセンスとか、持って生まれたものが違うのかしらね」
 「そういうこと言うなよ。そういう問題じゃないんだ」
 「じゃあこの差は一体何?」
 「今、俺たちがこうしてテレビ見ている間も、遠藤さんは将棋盤の前に正座して勉強している。違うのはそれだけだ」
 「あなたも毎日そうすれば優勝できる?」
 「……今よりはマシになるさ」

 その晩、私は妻の冷たい視線を感じることなく、公然と棋譜を3局並べることができた。あの日から、結婚以来5年間日陰者だった我が家の将棋盤は市民権を得た。昔とは比べものにならないほどわずかな時間だが、夜な夜な棋譜を並べ、夢の中でも将棋の事を考えている。そんな日々を取り戻すことができた。
 遠藤さんありがとう。



書きたくても書けなかったこと

 正直、今の自分のことを書くのは気が重かった。本当は、以前から温めていたネタとアイディアがあったのだが、どういうわけか各方面から圧力がかかってしまい、封印せざるを得なくなった。しかし、このままジメジメした内容で終わらせるのはもったいないと思うので、表題とさわりの部分のみを、こっそり紹介してしまおう。

「超簡単! 君も桐山隆大三冠になろう」
重要、3つのモノまねポイント
付録:桐山君のテーマソング
挿入歌「ああ三冠王」

「悪の帝王 ダーヒベーダーの素顔」
今だから語れる毒舌アマ強豪の真実「実はいい人だった!……か」
付録:ダッシュ!エリート銀行マン
ヒダさん絵かき歌

「アマ大会 珍プレー・好プレー ――燃えよトンカン!――」
盤上・盤外を揺るがす激しいアクションの数々「戦慄!全ては計算ずくだった!」
付録:直伝!三間飛車のポーズ
トンカン数え歌

「実録 野獣研外伝――ネオン街に吠えろ!――」
恩師、野獣猛進先生と駆け抜けた長い夜……。伝説となって語り継がれる「ネギラーメンの麺抜き事件」から、短編「飛べ!矢橋君」まで、全21編。
主題歌:「野獣戦隊ガオレンジャー」

「平成版 伝説のアマ強豪――盤外編――」
……砕け散るウォークマン。雄叫びあげて振り回す工事標識、逃げ惑う青年。フェンスに叩きつけられたチャリンコ。猛烈に蹴り転がされ無残に変形したダストボックス。走行中のトラックに立ちはだかり四股を踏む男……ほとばしる情熱! 荒ぶる魂! 熱き想いを押さえきれない男達が繰り広げる阿鼻叫喚の地獄絵図。
……伝説は夜作られる。
超豪華付録:遠藤さんと朝までナマ討論「今夜の説教部屋行きは誰!」
炎の遠藤語録86連発!
遠藤さんのテーマソング「闘え!超人アナグマン」
「なんでだろう」西日暮里道場オールスターバージョン11発
エンディングテーマ「想い出がいっぱい」

 残念に思われる方も中にはいらっしゃるかもしれないが、今の私にこれらの封印ネタの全貌を明らかにすることはできない。実在する主人公が他界しない限りまず無理である。従って、永遠に封印されたままであることを祈るのみだが、もしも、もしも解禁の時が訪れたなら、その時は、私が作家デビューする時である。



追記

 みなさんすでにお気付きかもしれないが、どうやら私は、心が病んでいるようだ。
 虚言癖?誇大妄想?精神分裂?(自分で心配しているうちは大丈夫かなぁ……!?)
 そういえば最近、誰も飲みに誘ってくれなくなったなぁ……。
 気持ちが不安定になってきた時は、あのお方に電話するしかない。

 「いやぁ〜、大丈夫、大丈夫! ビョーキなのはカノ君が元気な証拠だからさぁ〜、その調子、その調子、元気が何よりだよっ! ビョーキが治っちゃったらみんな寂しがるよぉ〜!」

 やはり持つべき友は賢者カツオキである。
 私は、胸が一杯で何も言えず、バトンだけをそっと渡して受話器を置いた。



(次回は加藤勝起さんにバトンタッチ)