リレーエッセーその121

なぜ将棋にハマったか

大野 隆


 日頃、いろいろとお世話になっている田名後健吾サンゾウさんからバトンをいただいた、大野と申します。しばらくの間、駄文におつきあいいただければ幸いです。


 今から16年前の1988年に、大学に入りました。その時点で立てていた目標を優先度の高い順に並べると、以下のようになります。
 まず、平均以上くらいには勉強して4年で卒業して就職する、次に人並み程度に遊んだりバイトしたりする、です。まあ、このあたりは誰でも思う事でしょう。後の二つはちょっと変わっており、一つは日本全都道府県を旅行する、最後の一つは将棋で初段になる、でした。
 最後の目標をなぜ持ったのか今となっては思い出せません。かすかに覚えているのは、「初段にさえなれればいいのだから、あまり将棋には入れ込まないようにしよう」と決めていた事です。実際、入学時の活動状況は非常に悪く、一番最初の個人戦を寝坊し、そのまま会場に行きすらしませんでした。リーグ戦も今から思えばまったくもって無意味な用事で欠席したりしています。
 普段の日も、授業が終わった後、部室には行きましたが、18時には帰宅していました。そのうえ棋力もサッパリですから、はた見ると、絵に描いたような「1年もたずにやめそうな会員」だった、と言えるでしょう。

 そのような自分が、入学後数ヶ月もしたら、将棋および、明治大学将棋研究会の雑用にどっぷりとハマってしまいました。なぜそうなったのか、今振り返っても思い出せません。別に棋力自体はたいして伸びたわけでもなく、部内でも常にボトムクラス。1年夏には地獄名人になり、その秋の古豪新鋭戦では全敗しています。部室でも大会でも負け続けたにもかかわらず、なぜか将棋への情熱は増す一方でした。もちろん、負けるのが好きという特異な精神構造だったわけではありません。
 入学当初に立てた予定も、学業とバイト以外は全部将棋に乗っ取られてしまいました。旅行も1〜2年の頃はしてはいましたが、いつの間にか長期休暇は2回ある自分の大学の合宿に加え、他大学の合宿に行くようになっていました。これでは全都道府県旅行などできるわけありません。結局、ほとんど将棋一色の大学生活を過ごしてしまいました。
 もっとも、時間を費やした割には棋力は伸びはたいした事はありませんでした。そのうえ、ちょっとサボるとすぐに急激に弱くなります。つまるところ、自分は本質的に将棋を指すのに向いていないのでしょう。にもかかわらず、なぜ将棋にここまでハマり続けているのか、我ながらよくわかりません。

 ただ、自分が将棋を指して嬉しい思いをした記憶はさほどないですが、自分以外の人の将棋を見て嬉しい思いをした経験は多々あります。また、将棋を通じて、いろいろな人に出会う事もできました。そう考えてみると、弱いわりには将棋でかなりいい思いをしている、と言えるのかもしれません。もちろん、それを予期していたために将棋にハマったわけではありませんが。
 これからも、いろいろな形で将棋に関わりながら、自分がなぜここまで将棋にハマったかを探求していきたいものです。


 さて次回は、大学入学時から盤上・盤外とも多数の指導をしていただき、現在は私の所属する社団戦チーム「明治SAKIURA」の精神的支柱でもある(?)崎浦正隆先輩にお願いしたいと思います。



(次回は崎浦正隆さんにバトンタッチ)