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リレーエッセーその124 ゲームの本質へ… 今 達之 |
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前任の清水上徹さんからバトンタッチしてもらって、何について書くか色々考えたのだけれど……。たまには将棋そのものについて考えてみることにした。 なんだか自分的にはとても珍しい。無意識に思っていることを言葉にするだけ、かもしれないけれど。 なによりも将棋に関して思うことは、多分自分はこのゲームに対する姿勢がちょっと特殊なんじゃないかなと思う。 自分はいつ将棋を始めたのだろう? あまり明確には覚えていない。 もともと本を読むのが好きで、それで定跡書を読んだりしていたのだけれど。 それがきっかけで、だいたい高校くらいから本格的に始めて県大会に出たりした。 けれど、同期に強い人がたくさんいて、優勝することは出来なかった。けれど、結構将棋は好きだったのかな。 大学に入ってからは、将棋それ自体よりも、将棋をしているたくさんの人に合うことが出来たことが何より一番よかったなと思う。後は…特別対局室で指せたことかな。 私自身は将棋はそんなに弱くはないけれど、あまり才能があるという感じではない。 努力っていうことが何より苦手。好きで本を読んでいるうちはよかったのだけれど。大学に入って、将棋部で将棋を指すようになって『勝つ』ことが求められるようになった。 けれど、勝つために手段を選ばないってことがなんだか苦手、というか。 どこまで行っても、自分は100%の真剣さっていうものをもっていなかった。 あと、闘争心も。どうしても勝ちたいって相手の思いに負けてしまう。 あくまでも楽しむことが第一だった。 だから、そういう自分がほんとに真面目に勝つことに向かっている人に勝ってしまうことが苦しくなった。(そう気がついた時に、一番自分が勝負事に向いていないなと思ったのだけれど) そしたらもう一つ楽しめなくなって、思うように勝てなくなったのかもしれない。 ほんとは苦しい局面で息を上げずに頑張るのが勝負に一番大切な要素の一つなんですけれどね。 でも、そこから離れて暫くしたら、また勝負ってものを楽しめるようになった。 苦しさから逃れるために、先行逃げ切りか、差しくらいの将棋を指すようにした。 (指したくない人とは指さないようにしているだけかもしれないが) 将棋というゲームはとても奥が深い。 完全情報って言われるゲームで、結論というものが必ず存在する。 私は麻雀も好きだけれど、あのゲームは不完全情報で確率でしか言えない。 なんかつながりが強そうなゲームだけれど、その性質は全く違う。 将棋って言うのは実力に差があるとまず勝てない。 そしてどんなに努力をしたからといって、多分才能の壁ってものがある。 さらに究極的には先手必勝か、後手必勝か、引き分けか。その結論が必ずある。 それでも、結構このゲーム好きなのは何故だろう。 ところで、違う面から言えばそういった分析的な点を全く無視して、実に性格が如実に出るゲームである。 本来は、性格とかに影響されるゲームではないはずなのにも関わらず、である。 普段おとなしそうな人でも、終盤になったら駒を叩きつけて必死の形相になったりする。そんな手に騙されて逆転するなんてことは数知れない。そのあたりがとても面白い。って、自分自身もそうなのだけれど、将棋を指す人ってみんな負けたくないみたい(当たり前か)。 実はとてもメンタルなゲーム。ほんとならばその局面においての最善手の追求が全てな筈なのに、なぜか流れというものが存在している。(きっと一対一だからなんじゃないかな〜、って思う。とりあえずその根拠は長くなるから置いておくとして「棋は対話」じゃないけれど無意識の部分で指しているうちに相手のことを理解していくんじゃないかなと) ところで。本を読んで定跡を覚えるのが好きだった自分も、いつしかひたすら定跡をはずすようになった。日々進歩する定跡についていけなくなった、のかな? よく得意戦法が右玉と右四間って言われるけれど、実はそうじゃない。 定跡を知らないで負けちゃうのが嫌なだけ、なんですよね。これが。 自分でも判っているのが、攻め、特に駒を捌くのがとても下手。だから向こうから攻めてもらって駒を換えて反撃するほうが自分には合っているみたい。 玉を寄せるのも、守りもどちらかというと平凡な手しか指さないし、特別序盤巧者というわけではない。だから序盤で正しいかわからない手を通して点を稼いでいるって感じがする。唯一の得意、というか、玉を捌くのは他のことよりはちょっとうまいかもしれないけれど、それも正解手というよりは相手の意表をついているという方が正しい。(なぜか詰まないだけの王様って言うのはよく見える気もするけれど) 自分も知らないって代価を差し出す代わりに相手も知らなければそれでいい。実はこれ、純粋に強いほうが勝つように局面を誘導しているのかもしれない。だからといって負けた時に納得できるかといわれれば別問題なのだけれど。ぶんこんなこと書いてても、実際に指すと言っている事とかけ離れているのことを自分自身がしているような気もするが。 どちらかというと、みたこともない局面を考えることが面白い。 実は自分ってほとんど手を正確に読んでいない。だいたいの流れでこんな感じかっていう将棋だったりする。読み始めると答えがでるまで読みたくなってしまうし。通せ通せって感じかな。 実は一番王道からかけ離れたところで楽しんでいて、それを容認してくれるから将棋って言うゲームが好きなのかもしれない。 だからといって有利不利を度外視するのは少し違うとは思うのだけれど。それでも、楽しさを第一に思って指すことにしている。たぶん自分は、それだからまだ将棋を続けられているのだと思う。 というわけで、少し真面目なことを書いてみました。まったくまとまっていないけれどもとりあえず今回はここまで。読まれた方は長々とお付き合いいただきましてありがとうございます。 次はひょんなことで知り合った女流棋士の鈴木環那さんにバトンタッチ。
(次回は鈴木環那さんにバトンタッチ)
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