リレーエッセーその126

二つのキセキ 〜池田先生へ〜

国井祝誉



 今回、親友でありバカ友達のかんなちゃんからバトンを受けました。自分自身このような機会を頂くとは想像もつきませんでしたし、ここまで将棋を続け、接するとは思ってもいませんでした。
 そこで今回、私が将棋に関わってきた軌跡と奇跡、この2つの「キセキ」について私に将棋を教えてくれた恩師を交えながら書かせて頂こうかと思います。
 拙出な文章に加え長々となってしまい大変恐縮ではありますが、どうぞ気長にお付き合い頂ければ非常に幸いです。

 私は現在大学4年生。学生の傍ら「放送作家」を目指しながらテレビ局で仕事をしています。サークルの掛け持ちもしており(将棋の他にバスケ、イベント企画、オールラウンドの3つ)さらに最近まで音楽活動とほんの少しだけ芸能活動もしていました。趣味もやたら多いので休みの日は海に行ったり物を作ったり(インテリア雑貨や洋服)etc…
 友達と遊ぶ時間を除いても本当に色々手をだして活動しているので将棋は大学以外ではあまり指していないのが現状です。
 けれど今現在、そして今日まで私は将棋というものに多くの感動や興奮、素晴らしい出会いをもらってきたと思います。
 これは他の何物にも変える事のできない自分自身の財産だと思うし、大袈裟な言い方ですけどそれが私の実となり花となり、今後の人生を咲かせてくれる支えの一部になるのだと感じています。
 このようなきっかけを与えてくれ、巡り合わせてくれたのは恩師・池田先生。本当に心から感謝しています。本当は直接お礼を言えれば良いのですが、池田先生とは中学3年生の時以来会っていません。諸所の事情により、先生は他の街へ移り私の前から姿を消したのです・・。



ここは福島県いわき市

 私が将棋を覚えたのは小学校6年生の終わり頃、担任の先生がクラスに持ち込み「教育の一環だ!お前たち元気が良すぎる(うるさい・落ち着きがない・問題ばっかりで手におえない)からこういったのも覚えてみなさい」と提言したのがきっかけです。

 中学生になると私はバスケット部へ。それまでやっていた剣道(団体戦で全国大会ベスト32)と水泳(なんでもOK)から大きく路線変更。その学校ではとても厳しい部で知られており、休みもほとんど無かったように記憶しています。そんな中親友の一人に地元の将棋クラブに遊びに行ってみないかと誘いがきたのは中学1年の5月頃。面倒だなぁという感情と興味心が同居したまま、バスケでへとへとになった体でその将棋クラブに向かいました。そのクラブの名は三倉支部(当時。現・いわき中央支部)。そして、そこで出会ったのが池田慎次先生、その人です。池田先生は黒のスラックスに白のYシャツ、お洒落なパーマヘアーと子供のようなかわいい笑顔が印象的な、人のよさそうな喫茶店のマスターという感じでした。商売人の雰囲気を持ち合わせていますが、将棋の方は福島県でも有名な強豪で知られていました。池田先生に出会ってから、それまで自分にとってほとんど「無」の存在であった将棋が「趣味」の一つになっていくのにそれほど時間がかからなかったように思います。

 池田先生は、当時初心者の私が自分で編み出したハメ手やはまり筋に懸命に誘おうとすると「あっ!しまったぁ〜!!」などと大げさな演技をまじえながらわざとはまってくれたり、とにかく私が将棋を好きになれるよう、様々な趣向で時には体を使いながら将棋というものを教えてくれました。本で定跡を覚えたり戦法を学び身につけるのは一般的ですが私はそういった事をした記憶がほとんどありません。先生に勝つために自分で戦法や作戦を作って手の順番を組み立てていきました。先生の笑顔、優しさと楽しさで私は将棋にハマッていったのです。
 私の将棋のベースになっているもの、それは勝ち負けや他の何物でもなく「楽しむ」ということに他成りません。(*1)

 中学1年から2週間に一回、日曜の部活の練習が午前で終わった時に私は道場に通っていました。それと同時に谷川先生の通信講座も受講し、この頃は部活や生徒会(副会長)、趣味のダンスで忙しかった中にも将棋の熱がかなり入っていたように思います。
 1コ下で前田哲伸君(現明大)をはじめとした切磋琢磨できる良きライバルがいたのもとても恵まれた環境でした。そんな日々の中、中学3年生の時に天童で行われる全国中学生選抜大会に私は福島県代表として出場を果たします。しかし、これを機会に私は将棋から離れる事になったのです。その理由は言うまでもなく、ちょうどその時期に池田先生と別れることになったから…。
 本当に突然の出来事で悲しさと虚しさに覆われるその感情。そして先生を倒すために将棋をやってきたのにその先生は近くに居ない。特に将棋において目標なんてなかった自分、将棋をやる意味がないと思ったし加えて活発な性分はすぐ他の熱中できるものに私を導いて行ったのです…。

 高校に入学すると、私はほとんど無縁と言っていいほど将棋から離れることになります。
 前年県ベスト8のバスケ部に入部し、「県制覇」を目標に休みなく毎日仲間と楽しく真剣に、熱い青春の日々を過ごしました。結構キツイ練習は数ありますが、うちは「20kmランニング」というのがあり学校近くの「湯の岳」という山の山頂を目指す往復ランが本当にしんどかったんです。それと同時にやんちゃもいっぱいしたりして。世間でいうところのいわゆる「不良」ではありませんが(見た目は 茶髪、ピアス、服装の乱れ…など否定はできない)「他人に迷惑をかけない」をテーマに(*2)刺激を求め仲間と一緒に勢いだけで色々アホでバカな事をやっていたように思います。
 そんな訳で将棋なんて…という事になったわけで、実際、高校の大会に出場したことはあったけどそれもほんとに偶然に偶然が重なってでした。「情熱」なんてどこえやら。はっきり言って高校生活は最高に楽しかったし、将棋に対して悔いなど残っていませんでした。だって…もう将棋はしないって思ってたから。



 そんな私も大学生に。「オールラウンドサークル」「バスケサークル」「イベント企画・プロデュースサークル」の3つに入り順調な滑り出し。そんな中ある張り紙を見つけてしまったのです。

「将棋愛好会 新入部員募集!この詰め将棋ができた人は今すぐ!!」…

 サムイ…。寒すぎる。しかも超簡単な3手詰めだし…。絶対行かない。行くわけないじゃん。冗談じゃない。行ってたまるかい。どこの誰が行くんじゃい……

 ……「これ、簡単ですね」
 今思うとただの暇つぶしと興味心だけであったと思います。
 桜が咲き乱れる春の陽気なポカポカした日差しと「新入生」「新しい生活」という甘いささやきが出来心となり、足が千鳥のようにフラフラと……その場に足を踏み入れてしまったのです。当然うかつな行動をとってしまったため、そこから激しい勧誘の攻防戦が先輩と私の間で展開されたのは言うまでもありません。
 当時、駒沢大学は関東リーグ戦で落ちに落ちてC2級という危機的な状況にあったようです。そんな切羽詰った雰囲気を看破し(別に聞いただけだけど)、空気が読める私は勧誘に疲れた事も重なって軽い気持ちで携帯の番号を教えてしまいした。その後、何度か部室に顔を出しOBの方とも面会する機会がでてくると大学将棋のシーズンはすぐにやって来たのです。

 H13年 4月某日 関東春季個人戦1日目
 …“すごい人だなぁ”  これが私の感じた大学将棋の第一印象です。とにかくもの凄い人数(*3)、そして熱気。雰囲気も独特のものがあり、何か新鮮な、でも懐かしいような感覚に駆られました。昔感じたような緊迫感と熱気……。そう それは中学生の時初めて参加したクラブの月例会ととても似ていたのです。それと同時に懐かしい声が聞こえてきたように思いました。
 ≪ ・・・・・・・・・・!!≫(*4)
 池田先生、その人です。長年忘れていた事、タイムカプセルに閉まっておいた物を再び掘り返すかのように、その言葉は私の中を駆け巡りました。あの時の感覚は一生忘れないと思います。先生(師匠)に、そして友人(*5)に“再会”した気がしました。
 そんな強烈な衝撃を受けてしまっては、今さら辞める理由など何一つなかったのです。  それから、私は大学将棋という世界に身を置いて再び将棋と付き合う事になったのです。

 現在では大学としてもB1級まで再び上がってきたし、個人戦では学名戦(大学の全国大会)に出場するのが精一杯ですがそれ以上に素晴らしい仲間や後輩、先輩(OB)とも巡り合いました。加えて他大学の友人、そこから派生するたくさんの人達ともめぐり合い幅広くお付き合いさせてもらっています。今回バトンを渡されたかんなちゃん(鈴木環那女流1級(*6))もその一人ですから将棋を続けてきて本当に多くのものを得られただと改めて強く思います。
 将棋をやる気(中学生当時)、続ける気(高校生・大学入学時)など全くなかった私がここまでたくさんの方にめぐり合い多くのものを得られた事に「キセキ」を感じずにはいられません。そしてその一本の道筋を作ってくれた池田先生には本当に感謝しています。この場をお借りしてお礼を述べたいと思います。

「本当にありがとうございました」



(*1) その反面、ほとんど真剣に指すことができない体に…。
(*2) 勿論そんなのは無理。かけまくってました。
(*3) 関東は毎回250〜300人程参加するようです。
(*4) そこは秘密にさせて下さい…。
(*5) 将棋です。
(*6) 彼女は本当にどうしようもない大ばかちゃんです。とっても良いやつだけに残念でなりません…。



 次のバトンはNHK将棋講座でお馴染み、立命館大学の石内奈々絵さんです。外見の端麗さだけではなく中身もしっかりした大人な女性ですよ!



(次回は石内奈々絵さんにバトンタッチ)