リレーエッセーその133

私が見つけた気持ちのいい場所

諏訪景子



 将棋を始めてちょうど10年の今年、2004年6月9日に関西将棋会館道場で初段に上がることができました。

 将棋を始めた頃は元より、大学生になってからも初段は夢のまた夢。2年前、道場で2級の頃に将棋倶楽部24で初段になったけど、やっぱり目標は道場で初段でした。これで堂々と「趣味は将棋です」と言えるようになった気がします。この区切りの年にリレーエッセーを書く機会をいただいたので、これまでの自分がどんなもんだったか振り返ろうと思います。



1.中学時代〜将棋を始めた頃

 将棋を始めたのは中学校に入学したとき。なぜ囲碁将棋部を見学しようと思ったのか、なぜ囲碁将棋部に入部したのかは自分でもよくわかりません。実際、入部してからも3年男子ばかり(他に2年・1年男子が1人ずつ)の雰囲気が苦手で、あまり活動には参加していなかったと思います。

 ただ翌年1月、兼部していた卓球部を「冬休みの活動日程を誰に聞いたらいいのかわからなかった」ことからサボり出し退部。逆にほとんどサボっていた将棋部は「口うるさく言われない」という理由で気が楽になり、ちゃんと行くようになりました。

 先輩方がほとんど卒業したこともあり、その頃から自分なりの勉強を始めました。NHK将棋講座をきっかけに先崎学八段(当時六段)のファンになったのもこの頃。電車で通える「高槻将棋サロン」に時々通って、駒落ちで教えてもらいました。原始棒銀だけで中学選抜京都府予選でベスト16くらいまで進めたり、関西女流アマ名人戦のC級で優勝できたりと、子供心に自信になることも多かったのです。



2.高校時代〜全国大会へ

 高校入学当初は、将棋部がいつどこで活動しているのかわからなかったので(笑)、将棋部には入部しませんでしたが、それでも将棋は続けていました。ただ対局相手が全くいないのでNHKの将棋番組を見ることと「将棋世界」を読むことくらいしかできませんでした。

 そんな私が、高校2年になると将棋部に入部したのです。高校選手権京都府予選(私の住所は大阪ですが、高校は京都です)に自分で申し込んで出たら、うちの高校の顧問がいたのです。そこでびっくりするようなことを言われました。
 「全国大会に出るんやから、将棋部員になってくれないと補助金が出ないよ」

 …全国大会…?

 23年間生きてきて、一番運がよかった出来事です。私は当然、全国大会の出場枠は1人だと思っていました。そして当時の京都には高校選手権2連覇中の方がいたので、普通だと全国大会に出られるわけがないのです。ところが女子個人戦の出場枠は3人。この予選にエントリーしていた女子は5人でしたが、その内3人は団体戦で出場することになっていたので私にもお鉢が回ってきたのです。この出来事がなければ、大学の将棋部に入ることもなければ、現在将棋を続けていることもなかったでしょう。

 こうして将棋部に入部しました。ところで「将棋部がいつどこで活動しているのか」…。答えは「活動していない」でした。部員はいたのに、大会出場以外の活動は行っていなかったのです。そりゃ、入部しようにもできません。しかし、ひどい…。

 生まれて初めての全国大会は鳥取県倉吉市でありました。女子の多さに驚きました。どこにあんなに将棋を指す女性がいるのでしょう? なんだかよくわからないうちに友達がたくさんできました。メインの将棋ですが、これもよくわからないうちに準々決勝進出。実戦と言えば自分で先手も後手も動かす「1人将棋」くらいだったのに、これも運がよかったとしか言いようがありません。

 また、この直後から指導棋士の野間俊克先生の教室で教わるようになりました。確か自分で手紙を出しました。後々に至るまで、時々信じられない行動力を発揮するのが良くも悪くも私なんです。その行動力の割にはサボり癖も発揮しましたが、野間先生の教室には高校卒業まで2ヶ月に1度くらいの割合で通い(あまり通っていませんね…)、主に二枚落ちで教えていただきました。

 ところが相変わらず対局相手がいません。今でこそ(あまり指してないけど)入り浸りの関西将棋会館道場も、当時は家から学校に行くのと方向が逆なので滅多に行きませんでした。困った私は高校3年生になる頃、ターゲットを同級生に絞りました。
 「京都府は女子団体戦にエントリーする学校がないから、全国大会に行けるで」という誘いに乗ってくれたのが吉村枝里子さん、内藤小子さん、丸山陽子さんの3人。

 早速5月の京都府予選に出場すると、女子団体戦にはもう1校エントリーが…!! 京都府予選始まって以来という女子団体戦の実施です。内藤負け、丸山勝ちで残った吉村さん。局面は勝勢。最終盤、相手が形作りの王手。すると吉村さん、相手玉を1手詰に…!!(王手放置)
 ところがドラマはまだありました。相手は「負けました」。
 …投了優先で吉村さんが勝ち、女子個人戦で優勝した私と共に、団体戦も全国大会に出場することができたのでした。

 この即席メンバー+1年生部員1人の4人で代わる代わる出た団体戦、全国大会では1回戦敗退でしたが、11月の近畿大会ではなんと3位。自分の結果(女子個人戦2位)よりも嬉しかった思い出があります。

 しかし結局、ひたすら6枚落ち3面指しで対局する日々…。落とし落とされの高校3年間、大会以外で平手で指したのは、総対局数の1割にも満たないと思います。



3.大学時代〜濃密な4年間

 「学生の大会に出たいから大学に進学する」と大学付属の高校にいる人間とは思えない発言をしつつ同志社大学に入学しましたが、ここはまるで桃源郷でした。何よりも平手で対局できる相手がいる!! 特に1年先輩の木内一人さんとは数多く対局しました。偶然にも似た棋力だったので、勝ったり負けたりでちょうどいい感じだったのです。1回生のときは月曜日から土曜日まで、田辺キャンパスの将棋部ボックスで対局していました。

 また、関西学生棋界の中で当時の同志社大学が置かれている状況も、私にとってちょうど良かったです。当時の同志社大学は一軍戦ではA級に所属。ところが固定メンバーが勝っている状況で、努力さえすれば級位者の私でもレギュラーを狙える位置にいたのです。これも私にとって幸運でした。強すぎる大学なら「どうせ出してもらえへん」と言って熱心に取り組むことはなかったでしょうし、弱い大学なら「ここで頑張っても勝てへん」と言って将棋を指さなくなっていたでしょう。今思えば高校時代、他大学への進学も考えていた私に「強くない大学なら試合に出られるんやし、どうせ推薦があるんやし同志社大学にしておけば?」と言ってくれたのは母でした。母は将棋を知りませんが、急所で正しい方向に導いてくれる助言をしてくれています。本当に、偉大な母です。

 そして、大学入学と同時に作ったホームページが、友達の輪をどんどんと大きくしていきました。亀岡奈保美さん松原大さん金澤健一さん加賀さやかさんなどは実際にお会いする前にホームページを通じて親しくなりました。また、棋士の神崎健二先生、女流棋士の北尾まどかさんをはじめとした方々ともホームページで知り合いました。中には実際にお会いしたこともないのに、メールなどで親しくさせていただいている方もおられます。今となっては皆、大の仲良しなのです☆

 こうして運良く将棋をやめずに済んだ私は、一軍戦で全勝(B級)と全敗(A級)を両方経験したり(意外と珍しいでしょ?)、二歩を打ったり(学生女流名人戦)、必勝の将棋で一手頓必死を喰らったり(関西個人戦)、龍を素抜かれたり(女流アマ名人戦)と楽しい経験をたくさんさせていただきました(いい思い出がないなぁ…)。そして、大学生活4年間でかけがえのない多くの友人と出会い、今年の春に卒業しました。

 たった4年の間にも、関西学生女流棋界を取り巻く状況はだいぶ変わりました。私が初めて個人戦に出場した1回生秋、他の女流選手は出場していなかったと思います。2回生の春季一軍戦に私がフル出場(全敗)したときも、一軍戦に他の女流選手は出ておらず、個人戦も私を含めて2人だったはずです。それが今は、個人戦にも女流選手が7〜8人出場する時代になりました。石内奈々絵さんに至っては関西個人戦本戦や新人戦決勝まで進む活躍です。

 私は学生大会に出ている中では弱いほうから数えたほうが早かった人間ですが、自分自身の中学・高校での経験から「将棋自体を楽しめるようになった女流選手が違和感なく一般の大会に出られるようになってほしい」と思いながら将棋を指してきました。女流戦だけでなく、個人戦や一軍戦などの一般棋戦で女性が今まで以上に活躍することを期待しています。



4.そして現在

 大学を卒業した私は今、就職しているでもなく、大学院に進学しているでもなく、いわゆるフリーターをしています。高校時代に客としてたまに行っていた関西将棋会館道場でアルバイトをしているのですから、全く不思議なものです。3回生の頃に一旦閉鎖したホームページですが、卒業と同時に「301号」と名称も新たに再出発しました。

 また、今年の3月から中谷純子さんに協力してもらい、女性だけの将棋研究会「L研」を始めました。まだ卵から孵ったばかりなのですが、この場を借りて少々説明させていただきます。

 例会は毎月1回、大阪府茨木市内の市の施設を借りて行っています。参加条件は1つだけ、女性であることです。男性の入室は原則としてお断りしています。参加費は500円。持ち時間は各30分、使い切ると1手30秒の秒読み。1日3〜4局です。優勝者は次回参加時の参加費を免除させていただきます(もっといいものが出せればいいんですが、参加費のみで運営していますので…)。参加者が8人以上の場合はクラス分けを行い、各クラス優勝者に同様の特典があるのですが、今のところ8人も参加したことがないのでクラス分けをしたことがありません…。

 「研究会」と銘打っていますが「対局を通じた交流会」と考えていただければわかりやすいかと思います。対局よりも感想戦や、終了後の夕ご飯がこれまた楽しい研究会です。将棋には興味があるけど男性ばかりの道場や大会には行きづらい…という女性の皆さん、歓迎いたします。

 次回は11月20日(土)。その次は12月19日(日)に実施を予定しています。12月は例会終了後、クリスマス会を行う予定です! 今までL研に参加したことがない皆さんも、ここでどんどんと盛り上がりましょう! 詳しくは中谷さんが作ってくれているL研のホームページをご覧ください。

 現在の立場上、これからの人生がどうなるのか全く想像もつきませんが、ただひとつ「将棋は続けている」ことは間違いないと思います。そして、どこに行っても、どこまで行ってもたくさんの仲間達と共に笑顔でいられたらいいな、というのが願いです。



 バトンを受けてから全速力で駆け抜けましたが、このバトンを渡す人は一人しかいません! 大阪府民の私から、神将(神戸大学将棋部)をフルパワーで引っ張った熱血部長、神将ホームページの熱血エッセイ「ねおん」執筆者でもある奈良県民・勢田朋来さんにバトンタッチ☆



(次回は勢田朋来さんにバトンタッチ)