リレーエッセーその136

Try And Try Again

小野倫太郎



 アマチュアが将棋を強くなるには、いろいろな方法があるが、その一つとして大会に参加することが挙げられる。自分の出場した大会を、「初めての・・・」をテーマに振り返ってみたい。



1.生まれて初めての大会(平成2年1月)

 初めて出場した大会は、青森県小学生名人戦だった。それまで、本やNHK杯などを見るだけだったので、自分の力がどのくらい通用するのか楽しみだった。また、審判長として、会場の百石町の名誉町民でもある大山康晴十五世名人が来られていた。近くで大山先生を見たとき、初めて生のプロ棋士に会えた嬉しさよりも、なんとも言えない威圧感があったことのほうをよく覚えている。

 結果は、予選はなんとか通過したものの、トーナメントの初戦で坂本啓輔君に手も足も出ずに完敗。初めて横歩取り△3三角戦法を指され、どう対処していいか全くわからなかった。この大会で優勝したのは、決勝で坂本君に勝った近村将人君。それから4年後、彼と共に青森高校のメンバーとして、坂本君の五所川原高校と対戦することになる。



2.初めての朝日アマ(平成8年11月)

 蛭川敦さんに憧れ、名古屋大学に入学したものの、学生大会では思うような成績を残せず、レギュラーの座も確保できずにいた。このままでは王座戦で全く出番がないのではと危機感を持っていた。そんな中、朝日アマ名人戦東海ブロック大会に出場した。

 この大会では、自分らしい将棋を指すことができ、代表まであと2つというところまで、勝ち進むことができた。これまでの一般大会では、ここまで勝ち進んだことがなく、大学に入って多少強くなったのかなと少し自信になった。次の対局は林隆弘さんと対戦した。前年の挑戦者・学生名人と対戦できたのは嬉しかったが、将棋はあまりにひどい内容であった。残って観戦してくれた先輩の鍋田康博さんが呆れた表情をしていたのが印象に残っている。



3.初めての王座戦(平成8年12月)

 とうとう王座戦を迎えた。1Rの東京大戦では出番はなかったが、2Rの早稲田大戦に出場するチャンスを得た。対戦したのは、主将の古土井聡さん。中盤までは苦しい局面だったが、ラッキーパンチが当たり、そのまま勝ってしまった。優勢になってから、痺れる感覚を覚え、手も震えていた。ここで初めて名大の戦力として認められたと思う。その後の対局には全て出場できたものの、成績は勝ったり負けたりといったところだった。

 この年は早稲田大、立命館大が勝ち点、勝数で並び、順位の差で早稲田大が優勝した。早稲田大のサポーター、OBがたくさん来ており、王座戦という大会の大きさを知った。四日市駅前の広場で、「都の西北」を歌ったり、胴上げをしている姿を目の当たりにして、名大将棋部にこのような日が来るのだろうかと思ったりもした。

 また、高校の先輩でこの年の学生名人の近村一輝さん、大学の先輩で多数の代表経験をもつ冨樫尚寛さんを通じで多くの人と知り合うができた。ここでの出会った人々がこの後私を高めてくれた。この2人の先輩には感謝しても感謝しきれない。



4.初めての全国大会(平成11年11月)

 大学4年のとき、アマ王将戦の全国大会に出場した。この年は、東海アマ王将までどの大会でも勝つことができず、もう将棋から離れたほうがいいのかなとも思っていた。代表になるには優勝するしかない大会なので、代表を取ろうと強く思うことはなく、軽い気持ちで大会に参加した。余分な力が抜けたのが良かったのか、大学・学部の大先輩天野高志さんに勝つことができた。準決勝で恒松鷹史さんに破れたものの、3位になった。代表には手が届かないはずだったが、何故か東海地区に推薦枠が回ってきて、何故か私がアマ王将戦に出場することになった。

 一般の全国大会に出るのは初めてで、前夜祭で雲の上の存在だった方々に声をかけて頂き、とても嬉しかった。予選初戦では、女流アマ名人の西嶋真由美さんと対戦することになった。ただでさえ、緊張しているのに、なんとも言えないプレッシャーを感じだ。普段、朝から観戦に来ないような人たちも、なぜかこの時は来ていた。将棋のほうは、あまりにもひどい将棋で、何度も負けを覚悟したが、最後は間違えてくれて、なんとか勝つことができた。負けたら皆に合わす顔がないと思っていたので、対局後、本当に勝てて良かったと安堵した。決勝トーナメントでは瀬川晶司さんと対戦。ここでは実力の違いがはっきり出て、手も足も出ず完敗。初めての全国大会はこれで終了したが、もっとこのような場所で将棋を指したいと強く思うようになった。



 振り返ってみて、大事な場面で自分の力を発揮できていないことが多いことに改めて気付かされた。近村さんに、よく「倫太郎は根性が足りん」と言われていたのも頷ける。

 若い頃は、大会が行なわれることについて何ら考えることはなかったが、大会の運営の手伝いや中部オール学生大会を創設してみたことで、大会の運営に携わってきた方々(特にボランティアの方々)の存在の大きさに気がつくようになった。

 最近はJTの小学生大会など若年層の大会が増えており、来年の夏には新たな学生大会が行なわれるようだ。選手として上を目指すだけでなく、諸先輩方のように、多くの大会が行なわれ、将棋が普及される様、微力ながらお手伝いできればと思っている。



 次は、立命館大学OBの小田健太郎君にお願いしました。それではよろしく!



(次回は小田健太郎さんにバトンタッチ)