リレーエッセーその139

夢が叶う時

斉藤 剛



 はじめまして。この度中村圭吾君からバトンを受けた斉藤剛(さいとう つよし)です。駄文とは存じますがしばらくの間お付き合いください。

 私が将棋を始めたのは小学3年の終わり頃。その後の約20年間ずっと将棋を続けてきた。いろいろな思い出があり、いろいろな喜び・悔しさを感じながら過ごしてきたが、その間ずっと私の中には、ある「思い」があった。



1.中学生の頃

 道場や研修会に通ったり既に将棋にのめりこんでいた頃、一番読んでいた雑誌は「将棋ジャーナル」だった。この雑誌には何より、アマ強豪・学生強豪の皆さんの将棋にかける熱い思いが詰まっていた。そのため当時から、大学将棋やアマ棋界に対する憧れの気持ちが私の中には芽生えていたように思う。



2.高校生の頃

 現在よりは角一枚以上弱かったと思われる1年生の時、水球部の練習の合間に出た「全国高校選手権」で準優勝できた(決勝の相手は京都の山田康平さん)。今もって不思議な結果だったと思う。

 次の年には、高校選手権の団体戦に出場。県立千葉高校は私・坂井康記君(後の高校竜王)・中村圭吾君(後の学生準名人・前バトン者)という強力(?)メンバーだったが、堀井淳之さん率いる県立船橋高校に県予選決勝で敗退。当時はとても悔しかったが、今ではよき思い出である。

 このほか出場した全国大会は3年生時の高校竜王戦くらいだった。このときの決勝戦は、私と同級の早咲誠和さん対河原慶さん。彼らは既に一般の全国大会でも活躍していて、雲の上の存在と感じていた。と同時に、全国大会に出られる、すなわち「県代表」に憧れの気持ちを強く持ったものだ。



3.大学生の頃

 1年の浪人生活を経て明治大学へ。大学では最初から将棋をやると決めていた。当時・約10年前の明治は、全盛時代(清水上徹君・藤井佳久君伊藤享史君のエッセー参照)を築く前で、入学時はBT級からのスタートだった。

 それでもチームメイトには非常に恵まれていた。「エース不在だがチームワークで勝負」の典型的なチームで、2年生の冬に悲願の王座戦出場を果たす。選抜トーナメント決勝、早稲田大学との勝負は3−2で残り2局。チームメイトの伝田芳裕さん・水井龍也君が同時に勝利した時の感動は今でも忘れ得ない。王座戦本番では、大将の私が記録的な大敗の中準優勝。個人戦では関東オール学生優勝くらいしか結果を残せなかったが、団体戦冥利に尽きた4年間であった。

 この間一般大会の県予選にはほとんど出なかった。千葉県予選は大学将棋と日程が重なっていることが多かったし、「団体戦で勝てばいいんだから、個人戦はどうでもいいや」と思い込んでいた節もあった。



4.社会人になって

 江戸川区役所に就職。まもなく「土日勤務・月曜定休」を命じられ、私の将棋人生は大きく変化することとなった。大学時代はとにかく団体戦重視だったこともあり、これからは一般大会の県代表を目指そうと思っていた矢先。5年もの間、県予選に出場すらできず悔しい日々を過ごした。

 その時に出会ったのが「将棋倶楽部24」。当時はまだネット将棋も人は少なかったが、それこそ毎日のように指し続け、棋力もそれなりに向上したと思う。いつか来るであろう県予選出場の日を目標に、棋力向上への努力を続けるしかなかった。

 それでも、年2回の職団戦には出場することができた。特別区職員文化会将棋部(東京都内23区役所の連合団体)に入部、ここでも熱いハートを持ったチームメイトに恵まれた。その結果、A級優勝2回・S級在位6期(うち3位1回)という成績を残せた。最近の職団戦S級チームの強さは書くまでもない。そうした中、県代表経験者ゼロ・特別な強豪もいない「無名のチーム」が職団戦に革命を起こせたのだと自負している。



5.そして現在

 社会人6年目にして、ようやく土日に休める職場に異動した。と同時に、全く思いがけず所帯を構えることとなり、長男も誕生した。将棋どころではなく、子育て中心の生活が始まった。ところが今年、ついにアマ戦の千葉県代表になることができた。最近は将棋を指すこと自体がきわめて稀だったのに、いったい、なぜ、今年代表に?

 そんな疑問はさておき、
「いつか、県代表になりたい」
 という気持ちだけは、いつも持ちつづけていたように思う。

 アマチュアならば誰もが一度は描く夢。自分も将棋ジャーナルを読み耽っていた中学生の頃から絶えず思い描いていた夢だった。大学将棋や職団戦を経て、少しだけれどアマ強豪にも自分の力が通用するようになってきた。そうすると、いつもこんなことを思っていた。
「自分にも県代表のチャンスがあるかもしれない。いつか県代表になりたい。本当にその日が来るのだろうか。せめて、死ぬまでに一度でもいいから……」

 代表決定の直後、後輩の伊藤君が声をかけてくれた。
「これで肩の荷が降りましたね」
 この一言が私の心に深く染み渡った。ずっと、この日を夢見ていた。
 柏将棋センター席主の石田和雄九段が表彰状を読んでくださった。こみ上げてくるものを、私はどうしても抑えることができなかった。

 アマ戦の全国大会は予選敗退に終わったが、本当に得るものの大きい、素晴らしい大会だった。一度なれればいいと思っていた県代表。これからは、力まず楽しみながら、次の機会を目指していきたいと思っている。



 次のエッセーは、特別区職員文化会将棋部の主将・チームの精神的支柱である飯島章さんにお願いします。



(次回は飯島章さんにバトンタッチ)