リレーエッセーその143

「将棋が好きだからです」

大平理紗



 18歳の春、海まで歩いて行けるような大学に入学してすぐ、なぜか将棋部に入部した。部室はなく、学生会館の談話室で毎日活動しているような状態で、女子部員は一人もいなかった。

 平日16時から20時まで。考えてみれば本当によく通った。それに加えて土曜日にはアルバイトが終わってから近くの道場へ。日曜日には、大会があれば足を運んだ。
 入部してから2ヶ月間、誰にも一度も勝てなかった。
 「勝つまでは辞められない」と思った。

 3年に進級し、気が付いたら卒業論文のテーマが「将棋」になっていた。いくらなんでもそれは……と思い担当教官に別テーマにしたいと相談したところ、返ってきた言葉は「お前が将棋以外のテーマで書けるわけがないだろう」。

 今だからこそ言えるが、大学の1、2年次、私はほとんど講義に出席していなかった。大学に行っていなかったわけではない。大学には行っていたのだが、将棋しか指していなかった。複数の教官に呼び出され、何度かこのままでは留年すると宣言された。しかし奇跡的に4年に進級することができた。結局卒業論文のテーマは「将棋」となった。

 「なぜ研究テーマを「将棋」にしたのですか?」
 大学院に進むための面接で聞かれた質問に、言葉に詰まった挙句、

 「将棋が好きだからです」

 と答えて面接官全員の失笑をかってしまったのも、今となっては懐かしさと共に笑える話である。

 おそらく面接官の意図としては、「もともと現実空間にある程度制度化されたコミュニティが構築されている<界>において、インターネット空間のような仮想空間へと<界>のあり方が拡大していくことによってどんなことが起こるのかということを、<将棋界>を具体例にとり分析してみたい。なぜ将棋なのかは、スポーツなどと違い、将棋は仮想空間に<界>の機能を比較的簡単に移行することができるという特質を持っているため云々」というような回答を期待していたのだろうと思う。

 それでも、「将棋が好きだから」という言葉は、本当の気持ちだったと今となっては思う。

 まっすぐに引かれた升目の上にきちんと並べられた40枚の駒。直線の世界。静寂というよりも、無音の世界。その無音を打ち破る駒音。対局者や記録係、観戦者達の視線が盤上を鋭く飛び交う対局場の張り詰めた空気。独特のリズム。独特の呼吸。初めて見た時から、将棋の世界のとりこになっていた。

 「勝つまでは辞められない」と思っていた将棋は、一度勝ってしまうと今度は面白くて辞められなくなっていた。将棋の魅力はもちろん、仲間たちも魅力的だった。部の仲間は皆愉快で、お酒が大好きで、騒ぐことが大好きで、麻雀が大好きで、そして何より将棋に夢中な人たちばかりだった。気が付けば同期や後輩に女子部員が増え、いつの間にか自分が先輩になっていた。1学年下の後輩には、色々なことでずいぶんと厳しく注意をしたような気がする。将棋は弱かったけれど、部に対する愛情だけは誰にも負けなかったと思っている。

 部の仲間は、ぶっきらぼうな人が多かったが、心底優しい人が多かった。在学中の、というより、自分史上もかなり大きな出来事となったあの事故のあと、長かった入院生活、最初はたくさんの人がお見舞いに来てくれていたけれど、そのうちほとんどの人が来なくなった。そんな中で、最後までお見舞いに足を運び続けてくれたのは、将棋部の先輩や仲間たちだった。皆何も言わないけれど、いつも気にかけてくれて、そっと私を後押ししてくれた。退院も社会復帰も、当初言われていたよりずいぶん早くなったのは、優しい仲間が周りにいたからだと思う。

 将棋について考える時、「非生産的な時間の生産性」というのか、「無駄な時間の有意義さ」とでもいうのか、そういったものを考えずにはいられない。生活に余裕がなくなったら真っ先に消えていってしまうのが娯楽や遊戯だと多くの人々は考えている。娯楽や趣味など、金銭的な余裕・時間的な余裕がなければできないものだ、と。しかし、「無駄な時間」と思われるような時間、例えば友人との何の意味もない喫茶店でのおしゃべりや、散歩、何もせずにぼーっとしている時間などが我々に与えてくれるものは、実は計り知れないほど大きい。

 人生が、「意味のある生産的・発展的な時間」の連続しか許されないものになってしまったとしたなら、ほっと一息つくことも、ぼんやりと昨日あったことを思い返すことも、詰め将棋を解くことも許されないものになってしまったら、きっと息苦しくて生きていくことはたちまち苦痛になるに違いない。だからこそ、将棋のような娯楽や趣味・遊戯は、時代を超えて生き残っていくであろうと私は思っている。

 学生会館の談話室の扉を初めて開けたあの日から、もうすぐ9度目の春がやってくる。

 現在私は、「いい空は青い」というキャッチフレーズを持つ会社に入って、空の旅に関わる仕事をしている。将棋三昧だった学生時代毎日眺めていた日本海は、もうずいぶん長いこと見ていない。



 次は、新潟大学将棋部の後輩、奥州麻也子(おうしゅう まやこ)さん。

 最初に出会った時、私は成人していて彼女は高校生だったのに、なぜか大学卒業は同時になってしまいました。昨春、就職のため、共に新潟を離れました。妹のようにかわいく、本当に大切な存在です。
 ちなみに、お父様も大変な愛棋家でいらっしゃいます。奥州家は、私の新潟の実家です。



(次回は奥州麻也子さんにバトンタッチ)