リレーエッセーその145

女系家族

高浜康子



はじめまして、高浜康子です。

将棋に関してすごい人ばかりが執筆されてるこのエッセイ。
なんで私なん?!?!と場違いな気がするんですけど、
これも何かの縁かな…ってことでなんか書いてみます。



1965年、私は大阪市福島区の中央卸売市場で
鯨肉卸店を経営する両親の長女として生まれました。

将棋の大好きな父は男の子が欲しかったようで…
男の子の名前しか用意してませんでした。

しかも、父が大ファンである升田幸三と言う人の名前から
「幸三」と付けるつもりだったようです。

女の子だから「幸三」とはつけれないんで「幸子」…
となるはずなんですが、「幸子」が親戚に居たもんで、これも却下。

それなら大山康晴十五世名人の名前から付けようということで…
「康子」になったのでした。

写真2
物心ついた時から父は将棋の強い人で、応接間には賞状やトロフィーや扇子、将棋の書物がたくさんありました。

その中に頭髪ぼーぼー、髭もぼーぼーのおじさんと父が並んで写ってる写真が飾ってありました。

最近になるまで、そのぼーぼーおじさんが将棋界でどれだけ
すごい人か知りませんでした…。

私が男の子だったら付く予定の名前の人でした。

写真1 1964年、私が生まれる前の事ですが、父は大ファンの升田幸三先生と指す機会があって教えてもらったそうです。
その時の写真でした。

平手で教えてもらったんですって…。
父は指す手が震えて前に出なかったらしいです。

それを聞いてなんか、とてつもなくすごい人に教えて
もらったんやあなぁって思いました。

この話を人にしても信じてもらえない事が多いって
父が言ってたので、この機会にここで言っておこう(笑)。

写真3 そんな将棋の大好きなお父さんが居て、名前も将棋の人からもらったのに、将棋は教えてもらいませんでした。

男の子なら教えたのかな…。

私の下に妹が2人居ます。

男の子が欲しかった父は残念だったでしょうね…(笑)。

いつしか私にも子供が2人できました。2人とも女の子です。

一番下の妹にも1人子供ができました。やっぱり女の子です…。

(おまけ…以前飼ってたメスの柴犬が4匹産んだんですが、
4匹とも女の子でした…)

将棋を通じておじいちゃんと孫娘がいつまででも話ができたら
いいなぁと思い、私は2人の娘に将棋を覚えさせようと、
長女が小学5年生の時、関西将棋会館の将棋セミナーに
通わせました。

2人の娘のうち、二女はルールを覚えたくらいでやめて
しまいましたが、長女は16歳の時「プロになりたいねん」
と言い出しました。
当時連盟で6級だったかな…。

私も周りの人も無理とちがうかなぁと思いましたが、
好きなものに打ち込む事は良い事。反対はしませんでした。

20歳になった現在、彼女はまだ「プロになりたいねん」
と言って育成会に入会し、がんばっています。

将棋を始めた年、真剣に取り組みだした時期を考えると
際どい所ですが、夢が叶いますように…と応援してます。

私自身の将棋というと4年前、長女に囲い方を教わり、
ネットでちびちび指して将棋を楽しんでいます。

4年間指してますが、初級者のままです…。

でもネットを通じて、将棋のお友達もできました。

本物の将棋の盤、駒で 人と向き合って指したことは
数える程しかありませんが、将棋を覚えて、お友達も増え、
父との会話も広がり、本当によかったと思います。

先日、私のすぐ下の妹に念願の赤ちゃんができました。
6月に誕生の予定です。

性別を調べてもらったところ、99%女の子だそうです…。

父からすると娘+孫で7人目の女の子になります。

男の子が欲しいと言うのは今のところ叶ってませんが、
将棋を指せる孫が1人居るし、賑やかだし、結構幸せ
なんじゃないかな…。



駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

これを見てくださってる方は将棋関連の方が多いと思います。

関西将棋会館に来られた際には、すこーし足を延ばして
中央市場にお越しください。

鯨、安くしときますよ♪(笑)

次は将棋を通じて知り合いました、
飯島栄治五段にバトンを渡したいと思います。



(次回は飯島栄治さんにバトンタッチ)