リレーエッセーその148

5年半の間に

ねこじゃらし



 はじめまして。ねこじゃらしです。比江嶋麻衣子女流1級からのバトンを引き継ぎ、このエッセーを書かせていただくことになりました。

 「誰、コイツ?」とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、本名だとなおさら「誰、それ?」ということになると思いますので、ハンドルネームで失礼します。ちなみに、性別は女性です(時々なぜか、そうだったの!と驚かれます)。

 錚々たるメンバーに混じって、いくぶん緊張気味です(汗)。よろしくお付き合いください。



 私が、谷川浩司九段応援ページ「光よりも速く」の管理人になったのは、平成11年の10月でした。以来約5年半、谷川先生のご活躍とともにトップページのカウンターは回りに回って、先ほど確認したら、1324509になっていました。これをご覧いただいている時には、もうちょっと増えていると思いますが、本当に多くの皆さんにご訪問いただき、嬉しい限りです(パイナップルは、1565258ですって! 追いつき追い越せるようにがんばります(笑))。

 棋士応援ページの管理人といいますと、棋力はともかく、普段から将棋を指しているように思われるかもしれません。管理人になったきっかけについては、応援ページ内の「ごあいさつ」に詳しく記しておりますが、実は私は、ルールはおろか、駒の動かし方さえ知らないまま、将棋ファンになりました。指すことから将棋というものに触れていったのではなく、まるっきり見ることから入っていったのです。

 その後も、プロの先生に3回指導対局を受けたことがあるだけで(すべて6枚落)、ほとんど指したことはありません。家族と盤をはさむと、たいてい私が負け、悔しさのあまり八つ当たりして(駒を噛んだりはしませんが(笑))、ハタ迷惑な存在になるのがオチなので、家でも指しません(唯一の例外は、祖父が亡くなる少し前に、一緒に何局も指したこと。全部負けました。忘れられない思い出です)。

 私は、ネット中継の食事メニューの画像が楽しみなタイプとでも申しましょうか(笑)、アンケートの棋力の欄に「見る専門」という選択肢があると嬉しい将棋ファンなのです。

 私が普段、将棋に触れる機会といえば、TVやネットの対局中継、新聞の観戦記、将棋関連の雑誌や書籍、解説会、イベントなどですが、そこで接する棋譜というのは、ほとんどがプロの将棋です。ひどく極端な言い方をすれば、私はおよそプロの将棋しか見たことがない、ということになります。

 アマ・プロ問わず、将棋を長年指している方にとっては、珍しい種類のファンに見えるかもしれません。「(自分でも指すことで)筋の悪い将棋に浸ることなく、プロの将棋にしか触れたことがないというのは、すごいかもしれない(笑)」と言われたこともありました。

 米長邦雄永世棋聖にお会いする機会があり、そのような話をしてみると、「それは今までにない面白い現象だから、このままあなたは将棋を指さずに、プロの将棋を見続けていったらどうなるか実験してみなさい」とのアドバイス(?)をいただきました。ご本人はお忘れになったかもしれませんが、私は今でもその教えを、固く守り通しているのです(笑)。

 しかしそんな私でも、初段の免状は欲しい、と思いました。

 日本将棋連盟会長、竜王、名人の直筆署名入り免状というのは、私のような見るファンにとっても魅力的です。ちょっと軽い言い方で申し訳ないですが、世界で一つしかない自分だけの将棋アイテムとして、これほどカッコイイものはないと思うのです。

 谷川先生が竜王もしくは名人のタイトルをお取りになったら(もちろんその両方ならなおのこと)、すかさず申請できるように、初段の資格を取っておく。それが私の目標となりました。

 実戦を指さない私にとって、資格を取る方法といえば、新聞または雑誌の認定問題への応募です。「将棋世界」の初段コースへのチャレンジを決意し、それからは、黙々と努力を重ねる日々でした。

 ……嘘です。「全然わからない〜」「もうやめる〜」「これほどの苦行はこの世には存在しない〜」などと、どれほど弱音を吐いたことか(ここでも家族はいい迷惑)。「次の一手はカンで解く」が習い性となっていた私は、やっとの思いで局面を読み、答えを絞り出して、どうにかこうにか目標にたどり着きました。後でお聞きした話では、「将棋世界」の初段コース卒業者一覧に名前が載ったのを、谷川先生も見てくださったようです。嬉しいやら恥ずかしいやら……(汗)。



 と、このような私が運営しているのが「光よりも速く」なのですが、たいへんありがたいと思うのは、谷川先生ご本人にもご覧いただいていることです。それだけでなく、平成14年の4月からは、ご本人のエッセイ=「光速ノート」を掲載させていただくようになりました(「光速ノート」という題名は私が考えました。「島ノート」の発売より先だったのが、ちょっと嬉しい(笑))。

 「光速ノート」始まりのきっかけとなったのは、神崎健二七段の掲示板です。神崎七段とHP運営に関するやりとりをさせていただいている中で、「谷川さんご本人だけが発信できるような場所を、そろそろご用意されても良いのでは」と、ご提案いただきました。

 いろいろと考え抜いた末に、谷川先生にご相談(というか半ばお願い)したのですが、お返事とともに第1回の原稿がすでに同封されていたのは、まさに光速! 私の読み筋にはなかった展開で、本当に驚きました。そして今、この原稿を書いている時点では、もう67回を数えます。

 その他にも、谷川先生には、サイン入りの新刊本やグッズなどをファンの皆さんへのプレゼントとしてご提供いただいたりと、格別のご厚意に甘えさせていただいています。

 平成15年10月には、なんと、第44期王位就位式で祝辞を述べる大役を仰せつかりました。必死に練習しましたが(受験勉強の比ではなかった)、当日は緊張のあまり、最初から最後まで力が入りっぱなしでした(今思い出しても冷や汗が)。

 そのほか、応援ページならではの出来事としては、平成12年8月17日(ネット中継の数が今ほど多くなかった頃だと思います)、第13期竜王戦本戦準決勝の谷川−羽生戦を、主催社である読売新聞の西條耕一記者と電話で連絡を取りながら、掲示板で速報したこともありました。どんな情報が入ってくるのか、ドキドキして電話を待っていたのを思い出します。

 新しいところでは、今年2月に行われた第30期棋王戦第1局の折、対局場となった大阪市北区の料亭「芝苑」にお邪魔したことも忘れられません。女将さんのご厚意で、HPのお手伝い要員としてお伺いしたのですが(しかし、あまり戦力になっていませんでした(汗))、タイトル戦が様々な立場の人達の多大な尽力によって行われていく様子を、直に拝見させていただくことができ、感激しました。

 振り返ってみると、応援ページを続けていく中で、私は様々な人と出会い、いくつもの貴重な経験をさせていただきました。それはやはり、谷川先生の応援ページだからこそであり、谷川先生のご活躍なくしては得られなかったものであるのは、間違いないと思います。

 これからも、タイトル獲得のお祝いを応援ページでできますように、谷川先生はもちろん、見に来てくださる方やお世話になった皆様への感謝の気持ちを忘れずに、管理人を続けていきたいと思います。



 長々と私の拙文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 次は、棋士によるHP運営の先駆者であり、「光速ノート」誕生のきっかけを作っていただいた神崎健二七段に、バトンをお渡しいたします。



(次回は神崎健二さんにバトンタッチ)